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カテゴリ:小説「愛を抱いて」
4.柴山泥酔事件〔其の1〕
「とある山奥に、小さな池が有って…、若いカップルが其の池に近付くと、或る生き物が出て来るんだ。 何だと思う?」 「山が有って池が有るんでしょ…? 其れは襲って来るの?」 「どうかな…? でも毒を持ってるかも知れない。」 私は紙とペンを借りて来て、絵を描きながら話をした。 「ワニ?」 「違う。」 「小さな池だったわね。 魚?」 「魚じゃ無い。」 「池に遣って来るのは、若いカップルじゃなきゃ駄目なの?」 「好い質問だ。 若く無くても、カップルで無くても良いんだが、二人で無いといけないんだ。 一人の時は、其れは居ないんだよ。」 「…?」 「誰も遣って来ない時も、其れは居ない。」 「…全然わかんない。」 「カップルが池の反対側から近付いても、其れは出て来ないんだ。」 「降参。 何が居るの?」 「へびさ。」 「蛇?」 「そう。 へび。」 コンパが中盤を迎えた頃、私はトイレに立った。直ぐ後から、淳一と野口も入って来た。 用を足しながら協議した結果、私の受け持ちはヨーロピアンに決まった。 ニュートラ等に比べ、ヨーロピアンは最初から殆ど笑わず冷めた感じであったが、案外落とし易いと私は踏んでいた。 トイレから戻って、我々は受け持ちの隣に座れる様、席替えを行った。 私は初めからヨーロピアンの隣だったので、その儘だった。 各自は女に質問を始め、相手にも沢山話をさせる様心掛けた。 場は次第に、話題を決めた全体的な会話から、二人きりの対話へと移行した。 「私って話してても、余り面白くないでしょ?」 ヨーロピアンが云った。 「そんな事ないよ。 どうしてさ?」 「人の話に巧く乗って行けないのよ。 冷めてるって、よく云われるわ。 可笑しいと思っても、直ぐに笑ったり出来ないの。 鈍いって言うか、表情を造るのが下手なのね。」 「でも其の事は、君を魅力的に見せてるよ。」 「有り難う。 そんなに気を使って呉れなくて好いのよ。」 「気なんか使わないさ。 少なくとも俺は君に悪い感じはしない。」 「本当にそうなら、嬉しいわ。」 「そうじゃ無かったら、席替えの時に他へ行ってるさ。」 「貴方がさっき色々話してた事、とても面白かったわよ。」 「笑って貰う為だけの意味の無い話さ。 でも君の反応が気になってたから、好かったな。」 「他の娘がぱっと先に笑い始めるでしょ、そうするともう駄目なのね。 自分だけ、変な笑い方しそうで…。」 「そう言えば、前に座ってる娘はよく笑ってたな。 此方が喋り終わらない中に、もう笑ってんだもの。 でもああ言うのは、馬鹿に見えるよ。」 「駄目よ。 聴こえるわ。」 「彼女、子供の頃に重い病気してるって事聞いてない? 40度位、熱が出たとか…。」 「しっ…、聴こえるってば…。」 「あっ、何か私の悪口云ってるんでしょ?」 ニュートラが、此方へ身を乗り出しながら云った。 「違うよ。 病気の話さ。」 私は云った。 「何なのよ、其れ。 好い雰囲気に成ってると思ったら、もう二人だけの暗号造ってるのね。 いいわよ。 私、病気なんて持ってませんからね。」 ニュートラは口を尖らせた。 ヨーロピアンが、声を上げて笑い出した。 コンパは終わりに近付き、二次会は皆でディスコへ繰り出す事が決まった直後に、事件は起きた。 西沢が「柴山が居なくなった。」と云うのである。 柴山は私から一番遠い席に居たのだが、彼方では「一気」の掛け声が盛んに挙がっていた。我々は事前のミーティングで、未だ酒を飲み慣れていない者もメンバーにいる為、今回は一気飲みで盛り上げる事はしない約束だった。 然し、どうも柴山の受け持ちの女が、物凄い酒豪であったらしい。 西沢の話に因ると、柴山は其の女とウィスキーのストレートをグラスに5杯、下手をすると其れ以上一気したと言う事だった。 女の方は、全く平気な様子であった。 「酔っ払って、外へ出ちまったのかな?」 「確かトイレに行くって云って、席を立ったきり帰って無いわよ。」 西沢の隣の女が云った。 「トイレへは行かずに、彼方の辺で一人でテレビゲームをしてたわ。」 酒豪の女が云った。 (そいつは、いけないな…。)と私は思った。 私と西沢はトイレへ行ってみた。 柴山の姿は無かった。 「此の中じゃねえか?」 西沢が一つだけ閉まっている扉を叩きながら云った。 「柴山!」 呼んでみたが返事は無かった。 扉は鍵が掛かっていて開かなかった。 唯、鍵が掛かっていると言う事は、中へ人が入って掛けた理由であり、店の中で姿が見えないのは柴山だけであった。 私は背が高いので、上へよじ登って中を見た。 柴山は便器の中に片足を突っ込んで寝ていた。 彼の服には、彼の胃の中に有った物がべっとりと付いていた。 「柴山! 起きろよ!」 彼は「うぅん…」と小さく唸っただけで、全く起き上がる気配を見せなかった。 取り合えず、私と西沢は彼を其処から引き摺り出した。 布巾を借りて来て、水に濡らし絞ってから、彼の口許や服を拭いてやった。 然し其の時、トイレの入口へ店に居る者全員が集まって、此方を見ていた。 酒豪の女は一言謝ったが気分を害した様子で、「もう帰る。」と云い出した。 他の女達も大体同じ意見で、我々は何とか引き止めようと骨を折ったが、彼女達の気分は戻らなかった。 誰かが「最低よ。」と云ったのを聴いて、我々は諦めた。 唯、ヨーロピアンの女は、残念そうな表情を見せて居たが、大勢には逆らえない様だった。 女達が帰って行った後、我々はトイレを掃除し、柴山を抱えて店を出た。 店の外で柴山が目を覚すのを待ったが、彼は 「…俺…、…好いよ…、…寝るよ…、…此処…、」 と呟くだけで、動こうとしなかった。 我々は一人が全員の荷物を持ち、三人が柴山の頭と背中と脚を抱えて、駅へ向かった。 新宿で降りて、歌舞伎町に有る「ニューヨーク・ニューヨーク」と言うディスコへ行った。 柴山は未だ殆ど意識が無かったが、私と淳一が常連だったので全員中へ入れて呉れた。 柴山を暗がりになった奥のボックスへ寝かせて置いて、我々はやけくそで踊った。 くたくたに踊り疲れて、フロアを出ようとした時、 「ヘェイ、何だよ! もう休むのかよ。 もっと踊ろうぜ!」 と、背後から威勢の好い声がした。 我々は振り返った。 何時の間にか、柴山が元気に踊って居た。 中野ファミリーの最初の行事は、5月20日の三栄荘に於ける夕食会だった。 メニューはカレーであった。 作り始める前に、香織とフー子が「カレーライス」と「ライスカレー」で揉めていた。 香織がどちらも同じだと云うと、フー子は「カレーライス」は御飯とカレーが同じ皿の上に盛ってある物で「ライス・カレー」は御飯とカレーが別々に出て来る物だと云って、互いに譲らなかった。 「どっちでも好いじゃない。胃の中に入れば同じさ。其れより、御腹が空いたよ…。」 柳沢が云った。 世樹子が支度を始めたので、香織とフー子も決着の着かぬ儘、其れに取り掛かった。 「あれ? ルーが無いじゃない。」 彼女達が袋の中から材料を取り出すのを見ながら、私は云った。 「あなた若しかして、ルーが無きゃカレーは作れないと思ってるんでしょ?」 香織が云った。 彼女達は、カレー粉から作るのが本当のカレーだと云った。 「時間が随分掛るから、二人で何処かへ行って遊んで来れば…?」 香織は、私と柳沢に云った。 カレーを作ると聴いて、割りと直ぐ出来るだろうと考えていた私は、少し驚いた。 「じゃあ、風呂へ行って来よう。」 石鹸が小さくなっていたので、私は新しいのを出して来て、小さくなった石鹸をゴミ箱へ捨てた。 「ああ! 鉄兵君、勿体無い。」 世樹子が云った。 「どうして捨てちゃうの?」 「だって、小さくなると使い辛いもの。」 「あら、新しい石鹸の上に重ねて使えば好いのよ。 それに今捨てたの、そんなに薄くなって無かったじゃない。 勿体無いわ。」 私はゴミ箱の中から捨てた石鹸を拾い上げ、新しいのと一緒に石鹸箱に入れた。 然し容積が足りなくて、蓋が閉まらなくなった。 私はその儘洗面器の中に石鹸箱を置き、柳沢と二人で銭湯へ出掛けた。 脱衣場で服を脱いだ後洗面器の中を見ると、矢張り二つの石鹸は、箱から別々に転がり出ていた。 〈四、柴山泥酔事件(其の一)〉 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007年02月06日 00時34分08秒
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