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悠久の唄 ~うたの聴けるブログ~

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2005年10月17日
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   5.塩入りウィスキー事件


 「ねえ、ディスコへ連れてってよ。」
富田美穂が私に云った。
大学の学生ホールに有るサークルの溜り場で、今まで喋っていた淳一と私は、顔を見合わせた。
「貴方達よくディスコへ行くんでしょ? 
私達も一緒に連れて行って呉れない?」
「…ああ、好いよ…。」
学生ホールは、校舎の1階の天井まで吹抜けになった、だだっ広いフロアであった。
其処に沢山の長テーブルと折畳みの椅子が置いて在り、色々なサークルの溜り場になっていた。
溜り場とは、サークルの部員が授業の合間や夕刻の暇な時に集まって来てミーティングや雑談をする場所である。
私のサークルも其の一画を占有していた。

 「今夜? 今夜行くのかい?」
「駄目かしら?」
「否…、唯急な話だね。」
富田美穂は、同じサークルの1年生で、少し幼い顔立ちをした女だった。
「私と千絵ちゃんは大学生になったのに、未だディスコに行った事が無いの。
御願いするわ。」
「どうする?」
私は淳一に訊いた。
其の日5月26日、私は三栄荘で宴会の予定が有った。
淳一は「俺は行っても好いぜ。」と云い、私も「宴会は俺が居なくても、ちゃんと始まるだろう。」と考えた。
「OK。
行こう。」
「有り難う。
嬉しいわ。」
私と淳一は、富田美穂、松山千絵の二人を連れて夕暮れのキャンパスを後にした。

 電車の中で「ニューヨーク・ニューヨーク」へ行く事に決めた。
私と淳一は新宿に有る其のディスコに、既に何度も足を運んでいた。
「ニューヨーク・ニューヨーク」は可成広いディスコで料金が安く、フリードリンク・フリーフード制であり、何より遣って来る女の数が多かった。
新宿には近くに「B&B」と言うサーファーディスコが有ったが、私と淳一は全く面識の無い女とセックスの出来る確率は数に比例するとして、大衆ディスコは悪くないと言う見解を持っていた。
唯「ニューヨーク・ニューヨーク」では、初め極少数で有った我々が「テクノ」と呼んだモノトーンを基調にするファッションの連中が、次第に其の勢力を増しつつあった。
私と淳一は此の連中を好ましく思っていなかった。
開店した許の時刻であったが、中へ入った。他の客は未だ一人もいなかった。
我々は焼きソバ、ピラフ、シチュー、サラダ等をテーブルに並べて食べ始めた。
「よく食べるのね。」
「だって此れが夕食だもの。
ディスコへ行く時は何時もフリーフードの店を選んで、夕食を一緒に済ませる様にしてるんだ。」
「テクノ」の連中は、小刻みに首を振りながら踊った。
踊り方だけは「ツバキハウス」のヘビメタの連中に似ていた。
喰えるだけ喰って殆ど動けなくなった頃、我々以外の最初の客が入って来た。

 美穂と千絵は可成踊り慣れている様子だった。
彼女達がディスコへ一度も行った事が無いと言うのは、嘘らしかった。

 1回目のチーク・タイムが始まった。
何時もの事であるが、其れまで割り込むスペースが何処にも無いと思える程混雑していたフロアが、スローな曲に変わった途端、波が引く様にあっと云う間にガラガラになった。
我々はテーブルを囲んで座っていた。
「ねえ、チーク踊らない?」
私は美穂を誘った。
「踊ろうか。」
私と彼女は立ち上がって、フロアへ下りた。
「私、チークってやった事無いの。教えてよ。」
美穂は云った。
「くっついてれば好いのさ。」
淳一は未だ千絵を口説いている様子だった。
「本当に、チーク・ダンスした事無いのかい?」
私は訊いた。
「本当よ。どうして?」
「ディスコに行った事無いってのは、嘘だろう?」
「東京のディスコは初めてよ。」
テーブルの方を見ると、千絵と淳一の姿が無かった。
美穂は私の脇腹辺りに両手を置いていた。
「変な事、訊くけどさ。
君は胸に自信の有る方かい?」
「どう思う?」
「余り感じられないな。」
彼女は白いブラウスを着ていた。
「まあ。失礼ね。」
彼女は両手を、私の首に廻した。
「此れでも感じない…?」
私は彼女の腰に手を添えた。
「少し…、感じて来た。」
彼女は更に強く、身体を押し付けて来た。
「あら? 千絵ちゃん…。」
急に口調を変えて、彼女が呟いた。
振り向くと、千絵が此方を向いてチークを踊っていた。
然し、背中を向けている男は、淳一では無かった。

 「全く、ひでえ夜だな。」
淳一は未だ怒っていた。
彼は熱心に千絵をチーク・ダンスに誘ったが彼女は中々承諾せず、そして一人で立ち上がると、見ず知らずの男とフロアへ下りて行ってしまった。
「わかんねえ女だ。
何が気に入らないって云うんだ。」
ディスコを出た後、彼女達は国電駅の方へ行き、私と淳一は西武新宿駅へ向かった。
「泊まってくか? 
飲み直した方が好い。」
「否、今夜は止めとく。
もう気分が乗らねえや。」
沼袋で私は電車を降り、淳一と別れた。

 三栄荘に着くと、二階から賑やかな声が聴こえて来た。
柳沢の部屋で行われている宴会は、最高潮を迎えている様だった。
「あっ。帰って来た。何やってたんだよ、鉄兵!」
柳沢が真っ赤な顔で叫んだ。
「俺が来てるってのに、遅れて帰って来るなんて許せねえよ!」
ヒロシはもう眼が座っていた。
「おめえ、駆け付け三杯だぞ!」
ドロがボトルを取ろうとして、自分のグラスを引っ繰り返した。
私は香織に水割を作って貰い、三杯程一気に飲み干した。

 ヒロシは横になった儘、眠り込んでしまった。
板垣浩志と「ドロ」と呼ばれる横堀健一は、柳沢の高校時代からの仲間だった。
其の夜のメンバーは私を除けば、伊勢崎東高と伊勢崎女子高の合同同窓会と言う様相であった。
ドロは下へ降りて行ってトイレで戻してから、また飲み始めた。
「おめえらは幸せだよな。
こんな可愛い女の子に囲まれて生活出来てさ。」
ドロが云った。
「でも、男を酒で潰して楽しむ悪い趣味を持ってるんだぜ。」
「あら。柳沢君、酷いわね。」
世樹子が云った。
「そうよ。そっちが勝手に潰れるんじゃない。」
フー子が云った。
「俺は可愛いって云ったのに、酷い云われ様だな。鉄兵、敵を取って呉れよ。」
「ああ。でも返り討ちに遭いそうだ。」
彼女達は三人共、酒が強かった。中でも香織の強さは、大抵の男が太刀打ち出来ない程であった。
三人の中では、フー子が一番崩し易そうだった。
彼女は既に強か酔っている様子であった。
私は柳沢にこっそり食卓塩を持って来させ、フー子の水割を作る時、彼女達が喋っている隙にグラスの中に食卓塩を振り掛けた。
「はい。フー子ちゃん。」
「有り難う。」
フー子は私からグラスを受け取ると、その儘ごくっと飲んだ。
「何か、しょっぱいな…。」
「しょっぱい理由無いじゃない。
フー子ちゃん酔っ払ったんじゃないの?」
私は(入れ過ぎたかな…?)と思いながら云った。
「未だ酔ってませんよだ。」
そう云うと彼女はグラスに口を付け、今度は味を確かめる様にゆっくり少しだけ飲んだ。
「矢っ張り、しょっぱいわ。」
彼女は眉を寄せた。
「酷いなフー子ちゃん。
俺の作った酒を、そんな嫌な顔して飲む事無いじゃない。」
「そうじゃないのよ。何か味が変なの。」
「どうせ俺が作ったから、変な味なんだろう。」
「違うってば。もう。
飲めば好いんでしょ。」
彼女はごくごくと水割を飲み込んだ。
「矢っ張り変よ。
塩が入ってるみたい…。」
「どうしたのよ?」
香織がフー子に訊いた。
「此れ飲んでみて…。」
フー子は香織に自分のグラスを渡そうとした。
「分かったよ。
作り替えれば好いんだろ。」
私は素早くフー子の手からグラスを取り上げた。
「あなた、何か変な事したんじゃないの?」
香織が私を見た。
「何もしてないよ。」
「御酒に変な物混ぜたんでしょ?」
「とんでもない。
フー子ちゃん、急度酔って味が判らなくなったのさ。」
「あら、私酔ってもウィスキーをしょっぱいなんて思った事無いわよ。」
フー子が云った。

 暫くすると、フー子は立ち上がれなくなった。
彼女は座った儘香織に背中を摩って貰いながら、ナイロン袋の中に戻した。
「どうしたんだよ、フー子ちゃん。確りしろよ。」
ドロが嬉しそうに云った。
「フー子。大丈夫?」
香織が問い掛けたが、彼女は何も喋れない様子だった。
「あれっ? 
フー子ちゃんどうしたの? 
駄目だよ、眠っちゃあ。」
急にヒロシが眼を覚して云った。
「此れ、何?」
世樹子がフー子のグラスを電燈に翳した。
グラスの縁に食塩の粒が、沢山付いていた。

 フー子は随分苦しそうに眼を閉じていた。
私の部屋に布団を敷き、其処へ彼女を運び込んだ。
彼女は何度も、香織の差し出す新聞紙を敷いた洗面器の中へ吐いた。
世樹子が絞った許のタオルで、顔を拭いて遣った。
香織はフー子の下着のフォックを外して遣り掛けて、私と三人の男の方を視た。
「あなた達、もう彼方へ行ってれば?」
「ああ…、そうだな。
じゃあ、手伝う事が有ったら呼んでね。」
そう云って我々は柳沢の部屋に戻り、再び飲み始めた。
フー子を寝かし付けてから、香織と世樹子も戻って来た。

 朝まで宴会は続いた。

 午前7時頃、香織と世樹子は授業が有るからと云って帰って行った。
ドロとヒロシは既に鼾を掻いていた。
私と柳沢ももう寝ようと言う事になり、私は自分の部屋へ行った。
フー子は未だよく眠っていた。
私は座って煙草に火を点け、彼女の寝顔を視ていた。
人の気配を感じたらしく、彼女は眼を覚ました。
「気分はどう?」
私は訊いた。
「ああ…、鉄兵君…。
御免なさいね…。
私、悪酔いしちゃったみたい…。」
「否、謝るのは俺の方さ。」
彼女は起き上がろうとして止め、布団の中に入って自分の下着を直した。
少し恥かしそうに立ち上がると、もっと休んで行くよう告げる私に、彼女は「有り難う。でも学校へ行かなくちゃ。」と云った。
フラフラしながらドアまで歩いて、彼女は私を振り返った。
「本当に御免なさいね。
お詫びに今度カットして挙げる。
良かったらだけど。」
覚束無い足取りで帰って行く彼女を、私は窓から見送った。


                         〈五、塩入りウィスキー事件〉





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Last updated  2007年02月06日 23時25分09秒
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