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悠久の唄 ~うたの聴けるブログ~

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2005年11月02日
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   29. 欠員の補充


 世樹子はマッチ棒を元の形に戻して、云った。
「次はマッチ棒を4本動かして、此れをキリンさんにして欲しいの。」
「キリン? 
豚がキリンになるのかい?」
「なるのよ。」
世樹子は豚をキリンに変えて見せた。
「素晴らしい…。
確かにキリンだ。」
「最後はねぇ、2本動かしてキリンを2頭にするの。」
香織が云った。
柳沢と私は全く解らなかった。
「駄目だ。
解らない…。」
「こうすれば、2頭になるわ。」
柳沢と私は、暫くマッチ棒を見詰めた後、声を出して笑った。

 柳沢はマッチ棒を、6本並べて云った。
「5本加えて、此れを9にしたいんだ。」
「9…?」
香織と世樹子と私の3人で考えたが、解らなかった。
「こうすれば、9になる。」
「成程。
NINEか…。」
「次は2本動かして、1にするんだ。」
「解った…。」
香織がNINEをONEにした。
「後1本動かせば、愛になるわ…。」
世樹子は其れを、愛に変えた。

 9月24日、私は香織と中野サン・プラザで、REOスピードワゴンのコンサートを観た。「アウト・オブ・シーズン」が演奏されなくて、私は大変がっかりした。
香織は後期になって「高月庵」を辞め、代わりに早稲田通りのブロードウェイの側に在る「じゅん・じゅん」と言う喫茶店で、ウェイトレスのバイトを始めていた。
コンサートの後、我々は其の店へ寄った。
「鉄兵ちゃん、コンサートどうだった?」
店のマスターが煙草に火を点けながら云った。
「あんなものだろうなって感じ。
外タレのコンサートは、手抜きが多過ぎる…。」
香織が珈琲を2つ煎れて持って来た。
「マスター、ちゃんと仕事してよ。
私、今日バイトの日じゃないわよ。」
「香織ちゃん…、そんな冷たい事云わないで、俺もたまには、鉄兵ちゃんとゆっくり話させて呉れよ。」
「いつも充分話してるじゃない。
悪い相談許して…。」

 「クラスに、盛んに誘い掛けて来る男が居るんだって?」
私は香織に訊いた。
「あら、聴いたの?」
「とても、しつこいらしいじゃない。
1度位デートしてやったの?」
「まさか。
唯、『私、付き合ってる人が居ますから。』って云っても、諦めて呉れないのよ…。」
「其れは、本当に君の事を気に入ってるからだよ。
君は其の男を、全く嫌いなのかい?」
「視るのも厭って理由じゃないけど…。」
「じゃあ、余り邪険に扱っては可哀相だ。」
「仲好くしてやれって云うの?」
「そうさ。」
「別に、仲が悪いって理由じゃないわよ。
普通に話掛けられれば、ちゃんと話もしてるわ。」
其の男の噂が私の耳に迄流れて来た時、私は、自分に粉を掛けて来る男が居る事実を私に示したいと言う、彼女の隠された意志を感じ取っていた。
「自分の事を真剣に思って呉れている人間を、粗末に扱ってはいけない。
愛して呉れる人に応えられないのなら、尚更、大事に接しなきゃ…。
其の男と、一度デートしてやれよ。」
「他の男とデートしろって云う理由?」
香織は不機嫌そうに云った。

 9月25日、出欠の確認が有る3限目の授業が終わると、私は学生ホールへ行った。
「よお。
ちゃんと代返しといて呉れたか?」
サークルの溜り場に1人坐っていた、淳一が云った。
「ああ。
お前、学校に来てたのにサボったのか?」
「否、15分許前に着いたんだ。
ゆうべ呑み過ぎて、寝過ごした。」
淳一は、机の上に乗せていた足を下ろした。
「今夜、久しぶりに踊りに行かないか…?」
私は云った。
「好いけど…。
急に、どうしたんだい…?」
夏休みの前辺りから、私と淳一は余り街へ踊りに行かなくなっていた。
元来、我々はディスコへ、踊る事を主な目的として行ってはいなかった。
「ストックの欠員を、早急に補充して置きたいんだ。」
「美穂の後釜を調達に行くのか…?」
淳一は、未だ3人も居るのだから焦る必要は無いと、柳沢と同じ様な事を云った。
7人の彼女を作って、1週間ローテーションを組んでみたいと云ったのは、淳一であった。
彼は其の頃、6人の彼女と言える女性をキープしていたが、恋人として一般的な形を整えれるのは、4人から5人が限度であると言う実態に、我々は気付いていた。
其の理由の大きなものは、時間的余裕もそうだが、何より金銭的余裕であった。

 キャンパスを出ると、我々は六本木へ向かった。
金曜の夜なので、予想通り「マジック」は混んでいた。
「いいか、今夜は適当な処で妥協するんじゃなくて、飛び切りいかした娘を慎重に選択するぞ…。」
私は云った。
云った側から淳一は、隣のテーブルの女性に話掛けていた。

 DJの声に被さって、曲はリック・ジェームスの「スーパー・フリーク」に変わった。
私の決心は、中々着かなかった。
「いい加減、そろそろ決めて呉れよ…。」
淳一が云った。
我々は水割に酔い始めていた。
「ドリンクを取って来る…。」
グラスが空いてしまったので、私はそう云って立ち上がった。
此れ以上酒を呑むと酔っ払いそうなので、私はグレープ・ジュースを注文した。
其の店のグレープ・ジュースは、ワイン・レッドの色をしていた。
「美味しそうな色ね…。
其れ、何て言うの?」
カウンターの端に居た女性が、唐突に私に訊いた。
「唯のグレープ・ジュースさ。」
私は答えた。
「グレープなの…。
でも、変わった色ね。」
「飲んでみるかい?」
私は彼女の方へグラスを滑らせた。
彼女は頷いて、軽く一口、其のジュースを飲んだ。
「本当…。
グレープね。
美味しい。」
彼女はグラスを置くと、「私にも此のジュースを下さいな。」とカウンターの奥に向かって云った。
私は、彼女の前のグラスを手に取って、テーブルへ戻ろうとした。
「あ、口を付けちゃって御免なさい。
良かったら、今、新しいのが来るから、其れを持ってらして。」
「構やしないさ。
俺に関心が有るのかって思い上がっちゃうから、そんな気を使わないで好い…。」
「あら、思い上がりじゃなくてよ。」
彼女は申し分の無い、スタイルとルックスをしていた。

 「何だ、此の野郎…。
ドリンク取って来るとか云って、1人だけ…。
ひでえなぁ…。」
カウンターの女性と一緒に、私がテーブルに戻って来たのを視て、淳一が云った。
「本当にドリンクを取りに行ったんだ。
そんなに怒るな…。
心配しなくても、彼女等は女の子許4人連れだそうだ。
此処は狭いから、彼女達のテーブルへ移ろう。」
「其れを早く云えよ…。」
淳一は煙草とライターをポケットに入れ、グラスを持って立ち上がった。

 彼女は広いテーブルの在る、奥まった方へ入って行った。
私と淳一も後に従った。
「鉄兵君…!」
突然、前方から呼び掛けられ、私は立ち止まった。
其のテーブルには3人の女が坐っており、よく視ると、向かって左側の女は世樹子だった。
カウンターの女性は、愕いた様に私の方を振り返ってから、世樹子の隣に腰掛けた。
「世樹子、知り合いなの…?」
彼女が訊いた。
「彼が、話をしてた鉄兵君よ。
ヒロ子はどうして…?」
カウンターの端に居た女性、浅沼ヒロ子は、もう一度私の方を振り返った。

 「トレーナーを買って貰えるそうで…、どうも有り難う…。」
私は、未だ苦笑いの抜けない顔で云った。
「いいえ、どう致しまして。
楽しみにしてるわ…。」
笑いながら、ヒロ子は云った。
「其れで、鉄兵君がヒロ子に声を掛けたの?」
世樹子が訊いた。
「否、声を掛けて来たのは、彼女の方だ。」
「ヒロ子は綺麗だからね…。」
「本当よ。
私が話掛けたの。
でも、其の男性が世樹子の…。」
「ヒロ子…!」
世樹子はヒロ子の言葉を中断させた。
「あ…、御免なさい…。
鉄兵君って、想像してた通りの人ね。」
ヒロ子は云った。
「どんな男を想像してたんだい…?」
私は、前にも同じ様な事を云われた経験が有るがと、思いながら訊いた。
「勿論、素敵な男性よ。
そう、カウンターに居た、あなたの様な…。」


〈二九、欠員の補充〉





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Last updated  2007年02月25日 08時30分42秒
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