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悠久の唄 ~うたの聴けるブログ~

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2005年11月06日
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   37. 黒いスカートの女


 居酒屋を出た後、我々は新宿駅前の「じゅらく」と言う喫茶店に入った。
ゆかりと底無し女と、柴山を椅子の上に寝かせて、7人でテーブルを囲んだ。
居酒屋から其の喫茶店迄の路上で、私はゆかりを抱えて歩きながら、淳一に云った。
「残りの3人の女がピンピンしてるのは、どう言う理由だ?」
「俺達は途中で諦めてしまったんだ。
柴山の様に、共倒れになるのは解ってた。
でもお前等は偉いよ。
よく彼女達を潰せたな…。」
「馬鹿野郎。
誉めて貰う為に潰したんじゃねぇぞ。」
(馬鹿野郎。)
残された時間を、唯明るい話題で女達を持て成しながら、ルーズに過ごしている淳一、西沢、野口の顔を眺め、私は心の中で繰り返していた。
「貴方、眼が眠たそうよ。」
隣の女が私にそう云った。

 「おい、鉄兵…。」
淳一に肩を揺すられ、私は眼を覚ました。
気付くと、私の頭は女の膝の上に在った。
「彼女達、帰るってさ。」
私はフラフラと立ち上がった。
不意に吐き気が胸を襲った。
淳一に肩を借りて、私はトイレへ行った。
「お前は何とか歩けそうだな。
実は先生が大変なんだ。」
私の背中を擦りながら、淳一が云った。
トイレからテーブルの側へ戻ってよく視ると、柴山が床の上に寝ていた。
彼の顔の側には、彼の胃の中に有ったと思われる物が、散乱していた。
「駄目だ。
全く起きる気が無いらしい…。」
西沢が云った。
柴山は蒼い顔をして眼を閉じ、床に横たわった彼の身体は異様に大きく見えた。
「兎に角3人で下迄運ぼう。
先に鉄兵を下へ連れて行って来るから、少し待ってて呉れ。」
淳一が云った。
私は淳一に肩を抱えられて、エレベーターに乗った。
「悪いな…。」
私は云った。
「悪いのは俺達の方さ。
お前が此処迄、気力を吐いた事を無駄にしてしまった。」
「否…、お前等の判断は、正しかったさ…。
下手をすれば、全員街の中で、動けなくなってた…。
止せば良かった…。
途中で、駄目だなって、気付いてたのに…。」
「じゅらく」と言うネオン看板の有るビルの下へ出て来ると、淳一は私をコンクリートの花壇の淵に坐らせて云った。
「此処で暫く醒ましてろ。
俺達は先生を連れ出すから。」
彼は再びビルの中へ入って行った。

 彼等はいつ迄経っても、出て来なかった。
私はともすれば、又睡魔に脳を支配されそうになった。
(今度眠ったら、俺も先生の様になりかねない…。)
そう思って、私は立ち上がった。
(三栄荘迄何とか辿り着いて、眠ろう…。)
私はロボットの様な歩き方で、西武新宿駅へ向かい始めた。
唯足元だけしか認識出来なかった。
赤信号の横断歩道の前で、私は小さな坂に足を取られ、前方へよろめいた。
車道へ倒れ出ると流石に命が危ういと思い、私は腕を延ばして信号待ちをしていた人間の一人に、後ろから抱き着いた。
「止めて下さい。」
其の女性は冷たい調子で云った。
「…済みません…。」
私はやっとの思いで、そう云った。
信号が変わると、其の女性は駆け出して行ってしまった。
私は又フラリ、フラリと歩き始めた。

 西武新宿駅の在る「新宿プリンスホテル」の前へ、私は脳波曲線を描きながら遣って来た。
「PePe」の前の階段を上って行く途中で、躓いて転んだ。
一度転ぶと、立ち上がるのが面倒になり、私は両手と両足を使って階段を這い上がり始めた。
「かっこ好いわね。」
直ぐ前から女の声がした。
私は其の儘、階段を這い上がり続けた。
「でも、かっこ好過ぎるわよ。
はい、立って…。」
私は女に抱き起こされた。
女は私の腕を自分の肩に回すと、ゆっくり階段を上った。
私の小さな視界の窓の向うに、黒いスカートだけが見えた。
「学生でしょ? 
私も経験有るから、解るわ。
とっても苦しいのよね…。」
自動切符売場の前で、女は云った。
「何処迄…?」
「沼袋…。」
女は自分のと一緒に私の切符も買って呉れた。
「悪いね…。」
私は又女に抱えられて、歩き出しながら云った。
「いいのよ。
云ったでしょ、経験有るって…。
他人事に思えないのよ。」
最初は知り合いの誰かだろうと、はっきりしない頭の片隅で考えていたが、どうやら全く見ず知らずの女らしいと、其の辺で私はゆっくり判断していた。
「電車に揺られると気分悪くなるから、少し休んでから乗る?」
改札を抜け、ホームに入ってから女は云った。
「否、平気さ…。
早く、部屋へ帰って、休みたい…。」
「そう…。
そうね、其の方が好いわね。」
二人は電車に乗り込んだ。

 私は電車の中で彼女の膝の上に頭を載せ、そして眠ってしまった。
途中で眼が覚めた。
黒いスカートが見えた。
私は上半身を起こすと前屈みになり、其の儘電車の床の上に激しく嘔吐した。
車内は空いている理由では無かったが、我々の前には立って居る者が一人も無かった。
「沼袋に着いたわよ。」
彼女に抱えられて、私は電車を降りた。
「君も、此の駅なの…?」
改札を出てから、私は訊いた。
「違うけど、あなた一人では歩けそうに無いから。」
私は依然覚束無い足取りの儘、踏み切りを渡った。
「どっちへ行くの?」
「こっち…。」
私は左手の路地を指した。
コイン・ランドリーの前で、もう一度吐いた。
苦い胃液しか出て来なかった。

 三栄荘の階段を私は彼女と上った。
ドアを開けると、電気の点いた明るい部屋に、柳沢と香織と世樹子が居た。
私は部屋の中へ転がり込むと、其の場へ倒れた。
「鉄兵君…? 
酔ったの…?」
「わぁ、御酒臭い…!」
ドアの方を振り向くと、彼女が顔だけ覗かせて小さく会釈した。
「じゃあ、お大事にね。
おやすみなさい…。」
そう云って、彼女の顔は消えた。
「柳沢、頼む…。」
私は云った。
「OK。」
柳沢は直ぐに部屋を出て行った。

 「今夜も合コンだったんでしょう? 
あの娘に送って貰ったの?」
香織が云った。
私は二人が敷いて呉れた布団の上で横になった。
「ああ、送って貰ったんだけど…、あの娘は、合コンの女の子じゃないんだ…。」
「へえ、じゃあ…、まさか…。」
「まさかの方…。」
「行きずりの人?」
「うん…。」
「まあ、あの人、全然知らない人なの…!?」
世樹子が云った。
暫くして柳沢が戻って来た。
「上がって、珈琲の1杯でも飲んで行く様に云ったんだけど、電車が無くなるからって…。」
「まあ、沼袋の人じゃないの?」
「うん。
西武線の未だずっと先の方の駅だって云ってた。
其れで、沼袋駅迄送って来た。」
「優しい人なのね…。
良かったわね、鉄兵君。」
「鉄兵、若し俺達が居なかったら…?」
「こんな状態で、何か出来ると思うか…?」
「まあ、そうだな…。
『PePe』の前の階段を這ってる処を、助けられたんだってな?」
香織と世樹子は笑った。
「今夜は相当呑んだみたいね。
そんなに盛り上がったの?」
「否、合コンは最低だった…。」

 「じゃ、私達は帰るわね。」
「鉄兵君、今夜は一人でぐっすり眠り為さい…。」
「そうよ、早く眠った方が好いわ。
もう吐き気は無いの?」
「うん…。
吐く物が無いんだ。
今度吐いたら、血が出る…。」
「肝臓がいつか本当に駄目になるわよ。
おやすみなさい…。」
三人は部屋を出て行った。
暗く静かになった部屋で、私は眠ろうとした。
然し、頭が酷く痛んで、中々眠れそうに無かった。
眼を閉じると、部屋中が回転を始めた。
胸の辺りが苦しかった。
堪らず、私は長い唸り声を上げた。
声を出すと幾分か楽になるのだった。
私は苦しみに耐えながら、やがて眠りに堕ちた。

 私は眼を覚ました。
未だ夜中だった。
数時間は眠った様な気がした。
気分は落ち着いていた。
ふと気付くと、部屋中に黒い影が横たわっていた。
よく視ると、淳一と柴山と、西沢と野口がゴロ寝をしていた。
大きな鼾が聴こえた。
私は眼を閉じると、再び眠りに就いた。

 翌朝、淳一と私は同時に眼を覚ました様だった。
二人は煙草に火を点けた。
「お前等、どうして中々出て来なかったんだ?」
私は訊いた。
「ああ、あの後、色々と大変だったんだ…。
お前は、ちゃんと1人で帰れたんだな。」
「1人では無かったらしいが、ちゃんと帰れた…。」
西沢と野口も眼を覚ました。
「よぉ、鉄兵。
毎度毎度、勝手に転がり込んで悪いな。」
「そんな事は、別に気にしちゃいないさ。」
「そうだな。
お前の場合、朝起きて隣に誰か寝ていても、一々驚いては居られないだろうな…。」
「こいつが悪いんだ。」
淳一が柴山の頭を小突いた。
柴山は幸せそうな寝顔をして、よく眠っていた。
「本当…。
ゆうべの先生には参ったよなぁ…。」
煙草を銜えながら、西沢が云った。


                          〈三七、黒いスカートの女〉






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Last updated  2007年03月07日 16時19分33秒
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