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悠久の唄 ~うたの聴けるブログ~

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2005年11月12日
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   46. 豊島園遊園地〔中編〕


 「いやぁ、矢っ張り食後のバイキングは最高だな…。」
「全く、二人共どうかしてるわ。
此の時間に、乗ろうとする人が殆ど居なかった理由が、やっと解ったわよ…。」
「あの下腹に来る刺激が、何とも云えず好いよな。」
「俺なんて最後の辺で、本当に吐きそうになったぜ…。」
そう云った後、柳沢は突然呻き声を上げ、口に手を当てて背中を丸めた。
「まあ! 
柳沢君、大丈夫…?」
「…嘘さ。」
世樹子は柳沢の背中を強く叩いた。
柳沢は再び口に手を当てると、今度は腰を落とした。
「あ、御免なさい…。」
世樹子は愕き、慌てて彼の背中を摩ろうとした。
柳沢は、笑いながら走り出した。
世樹子が、すっかり軽くなったバスケットを振り回した。
「次は何にするの?」
ノブが云った。
「そう云えば、未だ大事なものをチェックして無かったな。
お化け屋敷は何処に有るんだろう…?」
私は云った。
「おい、幽霊屋敷が有るぞ。」
向うで柳沢が叫んだ。
「有ったって、鉄兵君。」

 私は2度目に吐く真似をした時の、柳沢の一瞬真剣な表情が、少し気になっていた。
「幽霊屋敷」を出た後、私は「少し休もうか?」と皆に云った。
「午後の部は、未だ始まった許だぜ。
全部乗ろうって云ったのは、お前だろ?」
柳沢は云った。
世樹子とノブも、全然疲れていないと答えた。
昼食の時間以外、我々は間髪を入れずに乗り物に乗り捲っていた。

 決定的なダメージを彼に与えたのは、縦にローリングしながら動き廻る其の乗り物であった。
1回乗り終わった後で、私と柳沢は当然の様に、ペアを替えてもう1度乗ろうと云った。
彼女達は悲鳴を上げながら眼を閉じ、両側の握り棒を両手で確り握り締めていた。
そして我々は、自らの手を汚す事は愚か、何の危険も努力も無く、ゆっくりと彼女等のスカートの裏地や、ストッキングの普段では観れない部分を観賞する事が、更にクライマックスの瞬間には、其の日のショーツの色を確認する事が出来た。
「ローリング・サンダー」と言う名の、甘美な其の乗り物を降りてから、柳沢はトイレへ駆け込んだ。

 「鉄兵君、世樹子ちゃんが呼んでるわよ。
柳沢君が…。」
私は柵に顔を着け、「ローリング・サンダー」の若い女性が乗っている車輌を選んで、眺めていた。
「眼が離せない処でしょうけど、一寸来て呉れる?」
「ああ…。」
私はノブの後ろに付いて、木陰にベンチが置いて在る処へ行った。
柳沢は自分のスタジャンを毛布の様に被って、ベンチの上で仰向けに寝ていた。
「柳沢、もう想い残す事も無いだろう…? 
安らかに逝って呉れ…。」
近付いて私は云った。
「ああ…。」
濡らしたハンカチを額に当てられた下で、彼は呻く様に云った。
「食べて直ぐバイキングに乗ったのが、いけなかったのね。
そして私が背中なんか叩いたから…。本当に御免なさい…。」
「違うよ…。
そもそもの原因は、ゆうべの酒と睡眠不足さ…。
気分がおかしくなったのは、さっき『ローリング・サンダー』を降りた時だよ…。」
泣き出しそうな顔をして、側に腰を落としている世樹子に柳沢は云った。
「私、救急の医療所を捜して来る。
鉄兵君達、柳沢君をお願いね…。」
世樹子は立ち上がって云った。
「いいよ。
止して呉れ…。
此の儘、1時間許放って置いて呉れれば、大丈夫だ…。」
柳沢は弱々しい声で云った。

 私はノブと一緒に其の場を離れ、乗り物に乗りに行った。
世樹子は柳沢の側に付いてると云って、其処に残った。
「私が、おむすび迄作ろうって云ったから、いけなかったのね…。」
歩きながら、少し肩を落としてノブは云った。
「一体、どう言う事だい?」
「知ってるわ。
鉄兵君と柳沢君が、無理して全部食べて呉れた事…。」
「考え過ぎじゃない? 
だって、俺は全然平気なんだぜ。」
「本当に鉄兵君は元気ね…。
無茶する事に、もう慣れ切ってるって感じ…。」

 「私って、そんなにいつも、顔が笑ってる?」
ノブは云った。
「え…、どうして…? 
香織の奴…。」
「いいのよ。
前からよく云われてる事だから…。
香織も云った事有るのよ。」
「何て酷い女なんだ、彼奴と来たら。
そんな事云うなんて…。」
「1人で居る時、鏡を視てシビアな顔の練習してるのよ。
みんなで居る時も、心掛けようとするんだけど、駄目ね。
生まれ付きだから…。」
「御免よ。
でも、笑顔を曇らせる練習なんて、止めなよ。
勿論、君は常に笑ってなんかいないさ。
君の微笑みが素敵だから、其の残像が急度いつ迄も残ってしまうんだよ…。」

 幾つかの乗り物に乗った後、二人は柳沢と世樹子の居る処へ戻った。
柳沢は起き上がって、世樹子とベンチに坐っていた。
「何だ、生き返ったのか。」
私は云った。
「ああ、済まなかったな…。
もう大丈夫だ。」
柳沢の顔からは、未だ蒼味が抜けて無かった。

 「駄目だなぁ…。
お前と一緒の事をやってて、いつも俺の方が先に息切れしちまう…。」
柳沢は両手をベンチの上に突きながら、云った。
「其れは、お前が健康な証拠さ。」
私はベンチの背凭れに両手を掛けた。
「此れ以上続けたら壊れてしまうって事を、身体がちゃんと教えて呉れてるのさ。
俺の場合、もう見放されてるんだ…。」
世樹子とノブが上空の飛行船の上から、笑って手を振っていた。
「お前と俺の違いを、世樹子に指摘されたよ…。」
柳沢は背を前へ傾け、膝の上に肘を突いて云った。

── 私とノブが行ってしまった後、柳沢は膝を立てて上体を下へずらし、世樹子にベンチに坐る様云った。
「あ、私はいいのよ。
どうぞ、脚を伸ばして頂戴。」
「否、もう伸ばしてるのに疲れて、立てて居たいんだ。」
「有り難う…。
じゃあ、坐らせて貰うわね。」
世樹子は柳沢の頭の横に腰掛けた。
そして柳沢は胸焼けに耐えながら、遊園地の騒音を遠くで聴いている内に眠りに就いた。
眼を覚ました時、彼は色々な音楽や機械の音が随分近くでしている事を、少し不思議に感じた。
激しいむかつきは、どうやら消えていた。
背中が酷く痛いのに気付いて、彼は起き上がった。
「気分は、どう…?」
世樹子は未だベンチの端に坐っていた。
「平気みたいだ…。
君はずっと其処に居たの?」
「ええ…。」
「退屈したろ。
鉄兵達は…?」
「2人で楽しんでるんじゃない?」
「1度も戻って来ないのか。
君も一緒に…。」
「遊園地って飽きない処ね。
此処から、乗り物に乗ってる人や歩いてる人や、立ち止まってる人や色んな人を視てると、とっても面白かったわ。
本当よ。
次から次へ、新しい人達が遣って来ては、立ち去って行くの…。
若いカップルに一番興味を惹かれたわ。
街で見掛けてる時は、そんな事全然無いのに、此処だと何故か其の二人の過去や未来の物語が解るの…。」
「余っぽど、暇だったんだな…。」
「柳沢君の寝顔も、楽しませて貰ったわよ。
でも、鉄兵君たら、少し冷た過ぎるわよねぇ? 
病人を放って置いて、自分だけ乗りに行っちゃうなんて…。」
「ノブちゃんだって、行っちまったぜ。」
「鉄兵君が強引に行こうって云って、ノブちゃんは気にしながら仕方無くって感じだったじゃない。」
「彼奴はあれで俺に気を使って、乗りに行こうって云ったんだよ…。
でも、君が人の悪口を云うなんて、初めてだな。」
「あら、そんな事無いでしょ…。
私だって…。
柳沢君って、純粋に優しいのね。」
「純粋ってのは、何だい?」
「柳沢君と鉄兵君が少し違う処よ。」
「どんな処が違う?」
「ベンチに坐れって云って呉れたでしょ。
あんな時、鉄兵君だったら、どんなに気分が悪くても、膝枕を要求する事を忘れないわ…。」
──

 「何だ、皮肉を云っとるだけじゃないか。」
私は云った。
「否、そうじゃない。
世樹子は…。」
「私が、どうしたですって…?」
世樹子とノブは、此方へ向かって歩いて来る処だった。
「君は病人の側にずっと付いていて遣れる、優しい女だって事さ。」
私は云った。
「どうせ、悪口云ってたんでしょ。
いいですよだ…。」
世樹子は笑顔の儘、口を窄めた。
朝からずっと雲に遮られる事の無かった日差しも、いつの間にか大きく傾き、我々の影を長くしていた。
どうしても、もう一度「スカイ・ダイバー」に乗りたいと云う事になり、入退園口の方へ歩いた。
柳沢は矢張り再発が怖いので、乗らずに下で待っていると云った。
私はノブと乗った後、世樹子と一緒にホームへ入った。
「今日は実に有意義な日だったな…。
何より大きな収穫が1つ有った。」
私は世樹子に云った。
「そうでしょうね…。」
「其の収穫は何か、訊かないの?」
「訊かなくても、解ってるわ。
でも、まあ一応、訊いたげましょうか…。
何…?」
「はい、どうぞ。」と係員が云い、二人はゴンドラに乗り込んだ。
「君が遊園地を本当に好きだって、解った事さ。
朝、云った様に、もっと早く教えて呉れれば良かったんだ。
当然、近い内にもう1度行くだろう?
遊園地へ…、今度は2人限で…。」
「誰と…?」
世樹子は、1度造り掛けた微笑みを抑えて云った。
「訊かなくても、解ってるんだろ?」
「解らないわ…。」
「君と俺の2人限でさ…。」
「鉄兵君、期待してるわよ。
絶妙のテクニックを見せてね。」
「ああ、此れで3度目だから、もうプロだぜ。
手加減しないけど、好いかい?」
彼女は懐かしい笑顔を見せた。
「もちよ…。」
突然、私はゴンドラを回転させた。
彼女は短い悲鳴を上げた。
「此の程度で其れじゃあ、心配だなぁ。」
回転を停めながら、私は云った。
「そう…、良かった。
今のは、鉄兵君に気を使ったのよ。」
「ほぉ…、態と怖がって呉れた理由か…。」
「決まってるでしょ…。」
ベルが鳴った。
彼女は握り棒を、両手で確り握り締めた。
「よぉし、其れじゃあ、ぶっ壊す積もりで思いっ切り行くぜ。」
彼女は全身に力を込めた。
ゴンドラはゆっくりと動き始めた。


                         〈四六、豊島園遊園地[中編]〉






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Last updated  2007年03月22日 22時22分15秒
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