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悠久の唄 ~うたの聴けるブログ~

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2005年11月17日
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   53. 冬が来る前に


 コタツを買い込んだ所為では無かろうが、朝晩は随分冷え込む様に感じられた。
此れ迄も、数々の想い出を残して来た冬が又、少しずつ近付いていた。
然し、私には冬が来る前に、どうしてもして置かねばならない事が有った。

 11月10日、私は前の晩から急に始まった歯痛が悪化して、大学へも行かずに部屋で伏せっていた。
午後になって、2時を過ぎた頃、香織が遣って来た。
「あらあら、酷くなったのね…。」
「うん…。」
私は喋る事が辛い状態であった。
「まあ、こうなってるだろうと思って、来てみたんだけど…。」
歯痛は大きな痛みが周期的に遣って来た。
私はじっと眼を閉じて、耐えていた。
香織は部屋を出て行った。
そして直ぐに又戻って来ると、水の入ったコップを差し出して云った。
「此れを飲んでみて…。
幾らか楽になると思うわ。」
私は彼女が買って来て呉れた歯痛止めを、水と一緒に飲んだ。

 「歯痛止めって言うのは、素晴らしい物だったんだな…。」
私は云った。
「良くなった…?」
「うん、未だ、じんじんするけど…、さっき迄の、気が狂いそうな痛みは失くなった。
本当、嘘の様だ…。」
「普通、歯痛が酷くなったら、薬を飲もうって考えるものよ。」
「…知らなかった。
歯痛なんて、小学校2年以来だものな。」
「学年迄、よく覚えてるのね。」
「あの時の、歯医者での恐怖は忘れられない…。
何よりもあの音が、堪らなく厭だった。」
「でも痛みが退いたら、早く歯医者へ行った方が好いわ。」

 私は少し眠った。
香織は、後期になってから私が買った「プライベート」にレコードを載せて聴いていた。
「ねえ…。」
眼を醒まして、私は彼女に呼び掛けた。
「ん…?」
彼女はヘッドホンを耳から外した。
「…俺も聴きたいな。」
彼女はプラグをヘッドホン・ジャックから抜いた。
プレーヤーには、オフコースの「ソング・イズ・ラブ」が乗っていた。
「ねえ…。」
私は又云った。
「あのさ…。」
「何? 
買って来て欲しい物が有るのなら、遠慮無く云って頂戴。」
「否、別に無い…。」
「…そう。」
彼女はレコードを裏返した。


──  あなたが 其処に居るだけで
    私の心は 震えている
    あの甘く やる瀬ない ジェラシー
    未だ 若かった頃…

    あなたを 見詰めているだけで
    私は 優しい夜を迎え
    巡る季節に あなたを唄う
    未だ 若かった頃…

    遠く過ぎて  消えた ──


 私は煙草を一本銜えようとして止め、箱に戻した。
「何か云いたい事が、有るんでしょう?」
香織は云った。
「云ってみ為さいよ。
今日は歯痛で可哀相だから、大抵の事は聞いて挙げるわよ。」
「そうかい? 
じゃあ、云うけど…。」
そう云って、私は又暫く音楽に耳を傾けた。

 「俺達さ、もう一度、出逢った時の関係に戻してみない?」
私は云った。
「其の方が旨く行くと思うんだ。
二人の間がスリリングである方が…。」
香織は黙ってドアの方を視ていたが、静かに此方へ向き直り、そして云った。
「別れて呉れって事ね…。」
「多分ね…、でも、どうかな…? 
唯、若し世界中に君と俺の二人しか居なかったら、俺達が恋人であるかどうかなんて、何の意味も無い筈さ。
そして此れは、二人だけの問題だ。
君と俺の、…二人だけの為に、安心出来ない関係の方が二人に取って好いと思う。
俺達以外は、どうでもいいんだが…、君は俺と恋人である為に、沢山の事を我慢してる。
他の人間や、其の我慢してる事については、だからって別に何も思わないんだけど…。
君にとって、其れは良くないんだ。
そして俺に取って、そう言う君では、駄目なんだ。
だから…。」
「元に戻すしかないって理由…?」
「…うん。」
「解ったわ。
そうしましょう…。」
そう云って、突然香織は、大きな涙をポロポロ零し始めた。
私は煙草を銜え掛けて、又止めた。
「御免なさい…。」
微かな声でそう云った後、彼女は口に手を当てて、懸命に声を殺そうとした。
然し彼女の瞳には、後から後から涙が溢れて、其れは彼女の頬を流れて行った。
彼女は片手を突いて、小さく呻きながら泣いた。
レコードが「冬が来る前に」を唄い始めた。
彼女は、いつ迄も泣いていた。

 又、歯が痛み始めていた。
私は身体を横にした。
「御免なさいね…。」
自分のハンカチを出して、目許と頬に当てながら香織は云った。
「愕かせちゃったかしらね…。
私って、泣くと思わなかったでしょ…? 
いつも生意気な事許云っときながら、呆れたでしょうね…。」
「否、又痛くなって来て…。」
彼女がこんな時、泣くと言う事を、私は4月の終わりから知っていた。
「薬、飲む? 
余り続けて飲まない方が好いんだけど…。」
「効かなくなると困るから、もう少し我慢するよ。
悪いが、其のハンカチを貸して呉れ…。」
私は彼女の手から濡れたハンカチを受け取ると、自分の頬に当てた。

 プレーヤーのリプレイ・ボタンが押された。
何度も云い出そうと思いながら、何故其の日迄、香織に別れを告げる事が出来なかったのか、私は考えていた。
彼女に愛を告白された、二人で池袋へ行ったあの夜、私は自分としては珍しく簡単に、彼女に「好きだ。」と云ってしまった。
東京に来た許で舞い上がっていた様にも思えるが、其の事がずっと、私には引っ掛かっていた。
然し、其の時やっと、二人の間を言葉は流れた。
初めて、真実が通ったのだった。

 再び「冬が来る前に」が始まった。
歯痛は何とか治まった。
「じゃあ、私、帰るわね…。」
香織は云った。
「…うん。
…有り難う。」
立ち上がり掛けてから、香織は云い忘れてた事の様に云った。
「ねえ…、最後に、もう一度、キスして…。」
私は半身を起こすと、彼女を抱き寄せた。
長い口付けが終わった時、彼女は又瞳を濡らし始めた。
「じゃあ…、さようなら…。」
そう云って、彼女は部屋を出て行った。
ハンカチは彼女に返さなかった。
私は久しぶりに、煙草に火を点けた。


──  震える肩を抱けば
    それだけ 辛くなるから
    後ろめたさを胸に
    この秋の日は  一人きり…

    ああ…
    ひと時の幸せに
    流される儘に 生きて行く…

    ああ…
    燃ゆる想いは 消えて
    変わらぬ愛は もう視えない

    あなたの 嘘のない優しさに
    返す言葉もなく…

    ああ…
    ひと時の幸せに
    流される儘に 生きて行く

    この冬が来る前に…  ──


 11月12日、私は朝から体育の授業に出席した。
1限目の「スポーツ」が終わり、私と西沢は硬式用のテニス・コートを出て、「基礎体育」の行われるグラウンドの方へ歩いて行った。
軟式用のテニス・コートから淳一と柴山が出て来て、我々に声を掛けた。
「淳一、話が有る…。」
グラウンドに着いてから、私は云った。
私と淳一はクラスの集団から少し離れた処へ移動した。
「お前、俺に云い忘れてる事が有るだろう。」
「…?」
「理恵ちゃんは、少し元気が無かったみたいだ…。」
「理恵ちゃん…? 
ああ…。」
「彼女と何が有った?」
「何って…、ホテルへ行った…。」
「ふむ…。
そうか…。」
「唯…。
朝に…。」

 ベッドの上で理恵と迎えた朝に、淳一は彼女を泣かせてしまった。
一粒の涙も無くクリーンに女と手を切る事は、我々に取って、朝飯の可成前であった。
にも拘わらず、淳一は何の策も講じなかった。
「此れっ限、俺達は2度と逢わない事にしよう。」
彼はわざわざ、そう云った。
まるで女の涙を誘うかの様に、そして彼自信に罪を科すかの様に。
何故か愛を知る程に、我々は不器用になって行く様であった。


                           〈五三、冬が来る前に〉


※引用:オフコース「めぐる季節に」「冬が来る前に





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Last updated  2007年11月08日 19時11分26秒
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