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悠久の唄 ~うたの聴けるブログ~

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2005年11月19日
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   56. コンサート


 「君は東京タワーに上った事が有るかい?」
次の朝、私は世樹子の焼いたトーストを齧りながら、云った。
「有るわよ。
小学校の時だったかしら…。
…急に、どうしたの?」
「実は俺、東京タワーに上った事、無いんだよね。
前を通った事は有るんだけど、中へ入った事が無いんだ。」
「…? 
…上ってみたいの?」
「…うん。
一度で好いから、上ってみたい。」
「どうして、今迄に行かなかったの? 
鉄兵君にしては珍しいわね。」
「だってさ…。何か恥かしいじゃない。
1人で行くのも勇気が要るし…。」
世樹子は笑った。
「よしよし。
じゃあ、私が連れて行って挙げましょう。」
「本当かい?」
「ええ。
だから牛乳を飲みなさい。」
私は牛乳の入ったコップに手を伸ばした。

 想い出の冬は、いつの間にか、そっと我々の側へ来ていた。
12月1日は「映画の日」で、何処の映画館も其の日は半額で入場する事が出来た。
中野ファミリーでは当然、映画観賞会が行われる事になっていた。
然し、私は其れに参加しない積もりだった。
午前10時頃、柳沢が私の部屋に入って来た。
「鉄兵、本当に行かないのか? 
今から出掛けるけど…。」
「ああ。
云った通り、今日は野暮用が有るんだ。」
「夜のコンサートには、ちゃんと出れるんだろうな?」
「勿論。
ちゃんと行くよ。」
「そうか。
じゃあ、俺は行くぞ。」
柳沢は出て行った。
私はゆっくり髭を剃り、支度を整えて外へ出た。
人気の有るロードショーは何処も超満員に違い無いので、柳沢と香織と世樹子の3人は、二流館へ行くらしかった。
私は沼袋駅へ行き、新宿方面の電車に乗った。
電車の中で、さて夜迄どうやって時間を潰そうかと考えた。
西武新宿駅に到着した。
柳沢達は池袋へ行ってる筈だった。
私は1人ブラブラとコマ劇場の方へ歩いた。
予想された通り、映画館は何処も「只今立見」の看板が出ており、其れでいて猶、入口には人が溢れていた。
平日にも拘わらず半額と言うだけで、此れ程の人間が映画館へ遣って来ると言う事に、私は愕いていた。
同時に入口で列を作っている彼等が馬鹿に見えた。
(そう迄して観たい映画なら、普通の日に正規の料金を払って観に来れば良い。
彼奴等は一体何を考えて彼処に並んでるんだ?)
唯一つだけ、満員になっていない映画館が有った。
私は入場券を買って其処に入り、「スタッド」と言う映画を観た。

 階段を上って、私は池袋駅の東口に出た。
外はすっかり暗かった。
国電の高架橋に沿って南へ暫く歩くと、右手に「和泉屋ビル」と言う名の建物が在った。
私は其のビルの地階へ下りて行った。
「いらっしゃいませ。
チケットはお持ちですか?」
入口に居た女性が云った。
「持ってない。」
私は答えた。
「鉄兵ちゃん…!」
ヒロシの声がした。
「随分遅かったじゃない。」
「御免…。
うちのメンバー、来てる?」
「ああ。
鉄兵ちゃん以外は皆、揃ってるよ。」
私は奥の控え室へ向かいながら、ヒロシに云った。
「悪かったな。
搬入とか、全然手伝わなくて…。」
「そんな事はいいさ。
其れより、鉄兵ちゃん達リハーサル無しで、本当に好かったのかい?」
「心配無いよ。
レベルが基々低いから…。」
バンドのメンバーと簡単な打合せをした後、私は控え室を出て、会場へ入ってみた。
収容人員50名程度の小さなホールは満員で、両端の通路や後ろの壁際には立って観ている者も沢山居た。
私は少し緊張を覚えた。
ホールの中央付近に、柳沢と香織と世樹子の3人は居た。
よく視ると、其の3人の後ろにフー子とドロが坐っていた。
ノブとヒロ子の顔も見えた。
どうやら其の辺りは、東京観光専門学校と明治学院大学で占められている様子だった。
満員になる筈だと私は思った。

 ヒロシの大学の彼が所属する音楽サークルに依る定期コンサートは、池袋駅近くの「パモス青年芸術館」を借りて行われた。
そして私は、ヒロシの強い誘いで、其のコンサートに部外者にも拘わらず出演する事になった。
プログラムには、友情出演と書いて有った。
ヒロシは1年生であるが、既にサークルの実力者であった。
コンサートは地下1階のホールで午後7時より開催された。
私の出番はヒロシの次で、午後8時半頃の予定だった。
コンサートに出る事が決まって、私は急遽メンバーを集め、ヒロシの友人にドラムを叩いて貰う事で、何とかバンド演奏の形を整え得た。

 ヒロシは澄んだ高い声で唄った。
舞台の袖で彼の横顔を見ながら、私は彼に妬みと後ろめたさを感じていた。
然し、私は未だ、こんな場所で唄って拍手を貰う事には何の価値も無いと、考えていた。
作品を創り上げる事には、多かれ少なかれ、必ず価値は存在した。
唯、創ったものを伝えようとする時、我々は何度も哀しみに出逢うのであった。
昼間ずっと1人で居た所為で、私の集中力は研ぎ澄まされていた。
ヒロシの歌声が途切れ、舞台は暗転した。


──  「ラスト・ナイト

    夢の中の あなたは
    僕を 膝に抱き
    しなやかな その指で
    髪を 撫でてくれた

    今 グラスに映ってる
    真珠の 指輪を
    見つめながら 僕は
    そっと 呟く

    この手で あなたに触れて
    不安な夜を 過ごすより
    あなたの 心の中の
    想い出で 居たい…

    何気ない あなたの
    仕草の 中に
    優しさの かけらを
    いつも 探してた

    でも 微笑みの
    後ろに 冷たい
    陰を 感じて
    また僕は 俯く

    口付けの その後で
    煙草を くわえる人だ
    黙っていても 瞳に
    妖しさが 漂う

    震える肩を 抑える
    事もできずに あなたは
    初めて 小指の真珠
    濡らし 泣いたんだ

    この手で あなたに触れて
    不安な夜を 過ごすより
    あなたの 心の中の
    想い出で 居たい…  ──


 バンドのメンバーと池袋で呑んだ後、私は1人で三栄荘へ帰って来た。
コンサートに来ていた者達は皆、私の部屋で酒を呑んでいた。
ヒロシも既に打ち上げを済ませて、其処に居た。
久しぶりに、私の部屋は多勢の人間で賑わった。

 終電の時間が近付き、ヒロ子とノブとドロを送って行く為、全員で外へ出た。
「ヒロシ、お前泊まって行くのかよ?」
ドロが云った。
「ああ。
今夜は鉄兵ちゃんと、一緒に寝るんだ。」
「危ねぇなぁ…。
然し、今から電車に乗って帰るってのも、かったるいよな。
明日の午前に語学さえ、無きゃあなぁ…。」
我々はゾロゾロと中野駅の方へ歩いた。
「ねえ、クリスマスは当然、三栄荘でパーティーやるんでしょう?」
ヒロ子が云った。
「無論、やらせて貰います。」
柳沢は少々酔っ払っている様だった。
「あら、柳沢君、クリスマス迄こっちに居るの?」
フー子が云った。
「何で、俺が居ないんだよ。
盛大に仮装パーティーでもやりたいな…。」
「フー子ちゃんこそ、群馬にさっさと帰っちゃ…。」
ドロは途中で言葉を切った。
「クリスマスなんて偉く気が早いな。
未だ今日、12月になった許だぜ。」
私は云った。
「違うわ。
もう12月になっちゃったのよ。
クリスマス迄、直ぐじゃない。」
「もう幾つ寝ると、クリ○リス…。」
柳沢に女達の顰蹙の眼が浴びせられた。

 改札の前で3人を見送った後、我々は三栄荘へ戻って呑み直した。
皆、相変わらずの調子で喋り、グラスを口へ運んだ。
ヒロシは眠そうな眼をトロンとさせて、其れでも必死に起きていた。
柳沢は完全に酔った頭で時々妙な事を口走り、冷たい眼差しを受けていた。
フー子は香織と世樹子の中を取った程の強気振りを発揮して、目許に悪戯っぽい笑みを浮かべ軽やかな口を動かした。
世樹子は此の3人だけになると、穏やかな印象を与えた。
そして彼女の笑顔は、何処か懐かしい感じがした。

 香織が云った。
「私さ、今日で此のファミリーとやらを、抜けさせて貰おうと思ってるのよ。」
会話が止まり、皆は香織に注目した。
「え…? 
何だい、藪から棒に…。」
柳沢の言葉を遮る様に、香織は続けた。
「本日を以て、久保田香織は中野ファミリーを脱退致します…。」
「香織ちゃん、どうしたのよ…? 
突然…、冗談でしょ…?」
世樹子も初めて此の事を聴いたらしかった。
「本気よ。
此の処、劇団の方も忙しくなっちゃったし、急で悪いとは思うけど、生活を簡素にしたいのよ。」
「生活態度を改めようってのは、良い心掛けだ。」
ヒロシは赤い眼をしていた。
「一寸待ち為さいよ、香織。
忙しいのは解るけど、別に抜けなくってもいいんじゃない?」
フー子は怪しむ様な表情で云った。
「クリスマス・パーティーには、参加するわよね…?」
世樹子が縋る様に云った。
「いいえ。
もう此のアパートには…、三栄荘には来ない積もりよ。」
そう云って香織は、全員の心の中に沸き上がった不安の文末に、終止符を打った。
皆は黙り込んでしまった。
香織も其れ以上口を開かず、代わりにそっとグラスを口へ充てた。
私は、先程ドロ等を送って行った時、空に全然星が見えなかった事を考えていた。
静かになった部屋の中に、やがて雨の音が聴こえて来た。


挿入歌「Last Night」

                           〈五六、コンサート〉





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Last updated  2007年11月08日 15時52分08秒
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