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悠久の唄 ~うたの聴けるブログ~

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2005年11月20日
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   58. 児童公園事件


 パーティー・シーズンを迎え、浮かれた学生達で賑わう街を後にして、私と世樹子が中野へ帰って来たのは、深夜近い頃だった。
「今夜は、泊まって行けば?」
私は云った。
翌日は木曜で、彼女は午前中ゆっくり出来る筈だった。
「うぅん…、」
世樹子は暫く考えてから云った。
「…止めとくわ。
私が泊まったら、鉄兵君、体育サボりそうだから。」
二人は飯野荘へ向けて歩いた。
「そうそう、鉄兵君が東京タワーへ行きたがってるってみんなに話したらね…。」
「何だ、話したのかい…。」
「あら、いけなかった?」
世樹子は愉しそうにクスクス笑った。
「どうせ、みんな馬鹿にして笑ったんだろう?」
「そんな事なくてよ。
ヒロ子やフー子達も、一緒に連れて行って欲しいって云ってたわよ。
ねえ、彼女達も誘って好いでしょ? 
まあ、鉄兵君は当然好いわよねぇ…。」
「…。」
「好いでしょう?」
「好いよ…。
じゃあ、男にも誰か声を掛けとこうか?」
「其れは、どうでもいいんじゃない? 
みんな、鉄兵君と行きたがってたから。
で、日時だけど…。ノブちゃんがね、来週の水曜日が好いらしいのよ。」
「ノブちゃんも来るの?」
「ええ。」
私は「香織は?」と訊こうとして止めた。
香織が来る筈は無かった。
私は、香織が来ないのにノブが来ると言う事を考えていた。
「どう? 
9日の水曜日。」
「俺は構わないよ。」
「じゃあ、決まりね。
みんな喜ぶわよ、急度。」
「何か、俺の事を笑いに来る様な気がするな…。」
「今更、誰もあなたの事、笑いになんか来ないわよ。」
穏やかな夜だった。

 二人は児童公園の前迄遣って来た。
其処から飯野荘迄は40メートル程であった。
二人共、直ぐには別れ辛くて、公園のブランコに乗った。
公園にも、辺りにも、誰も居なかった。
「香織はもう、帰ってるのかな…?」
「どうかしら…?」
時刻は零時を随分廻っていた。
「多分、お部屋に居るんじゃない…?」
世樹子が香織に、私との関係を告げる積もりが有るのかどうか、私には解りかねたが、彼女の人に対する優しさは愛を手にしても猶、崩れ去るものでは無い事は確かであった。
私は柳沢に、世樹子について語った事が有った。

── 「どうやら俺は、彼女の事を好きになったらしい。」
私は云った。
「…ふむ。」
柳沢は煙草を深く吸った。
「其れで、久保田と別れたのか?」
「そう思われた方が、良いのだが…。」
私は意を決して、香織に対して自分が愛を確認した事は一度も無い旨を告げた。
「…そんな気が、何と無くしてた。」
柳沢は灰皿を何度も叩きながら、そう云った。
私は彼に対する心の溜飲を下げ、煙草に火を点けた。
すっかり短くなってしまった煙草を灰皿へ捨てて、柳沢は又静かに口を開いた。
「鉄兵、俺は、お前が好きだ。
そんな事を、俺に打ち明けて呉れるのは嬉しいけど…、お前が俺に隠し事を持っていたって、俺達の友情は変わらないよ。
お前はずっと、俺に気を使い過ぎてる。
確かに、俺は今でも久保田の事が気になるけど…、俺は嫌いな人間と平然と付き合える程、面の皮は厚くない。」
「俺を許して呉れるのか?」
柳沢は笑った。
「許すも許さないも、最初からお前が好きなんだから…。」
今日、バイトでブランデーを貰ったのを思い出した、と云って柳沢は自分の部屋へ行き、其れを取って来た。
「世樹子は前から、お前の事が好きみたいだから問題無いな。」
ブランデーをグラスに注ぎながら、柳沢は云った。
私は、もう何度も彼女と二人限で逢っている事を話した。
柳沢は笑って聴いていた。
「ヒロシには、もう云って有るんだ。」
「何だ、知らなかったのは俺だけか、…久保田と。
まあ、ヒロシは傷付かないよ。
彼奴も世樹子が鉄兵に気の有る事位知ってるし、奴の場合は恋愛対象と言うより、彼女を女神の様に挙げ奉ってたからな。」
我々はVSOPをグイグイ呑んだ。
「世樹子は優しい女だな…。」
柳沢が云った。
「ああ。
優しい女だ。
馬鹿な事を云う様だが、あれ程優しい女を、俺は初めて視た。
普通、自分の優しさってのは、他人に解って欲しいと思うものだが、彼女は違う…。
多分、其れが本当の優しさなんだろうけど…、彼女は誰に対しても、…自分の優しさが伝わらなくても、人に優しく出来るんだ。」 ──

 私はブランコを降りて、ジャングル・ジムに昇った。
「怖くない…?」
世樹子は未だブランコを揺らしながら訊いた。
「怖い。」
私はジムの一番上から云った。
「じゃあ下りて来為さいよ。」
世樹子は少し心配そうだった。
私はゆっくり立ち上がろうとした。
「止め為さいよ。
落っこちても知らなくてよ。」
立っているのは本当に怖かったので、私は静かに腰を落とした。
と、其の瞬間、私は片方の足を滑らせ、大きくバランスを崩した。
世樹子は悲鳴を挙げてブランコを跳び降りた。
私の両手は予め予定されていた処を確り掴み、そして私は滑らせた足をブラブラさせながら笑った。
「もう…!」
世樹子はジャングル・ジムの下で目許に笑みを浮かべて口を尖らせた。
「私も昇ろ。」
そう云って彼女は怖る怖る、私の側迄昇って来た。
「わあ、好い眺めね。」
穏やかな夜だった。

 二人はいつ迄も、ジャングル・ジムの上から夜を視ていた。
公園の直ぐ前の路は街灯に照らされて明るかったが、其の路から左に折れて飯野荘へ続く路は暗くて何も見えなかった。
若い女が1人、前の路を歩いて来た。
片手にタオルの載った洗面器を抱えて、其の女は不意に我々の前へ現れた。
街灯に照らされた其の横顔は、香織だった。
「(あっ)…!」
私は思わず声を上げそうになった。
反射的に私はジャングル・ジムを飛び下り、奥に有る滑り台の後ろへ走り、其処へ隠れた。
隠れながら、香織が我々に気付いたなら隠れても無駄であったと、しみじみ思った。
私は滑り台の陰からジャングル・ジムの方を伺った。
香織は行ってしまったらしかった。
世樹子は未だジムの上で、向こうを向いて坐っていた。
私は一応ほっとして、ゆっくりジムへ近付いた。
「中々好い度胸をしてるね。
てっきり君も隠れたものと思ったが…。」
ジムの下から私は声を掛けた。
「身体が…、動かなかったの…。」
世樹子は泣く様な声で答えた。
私は再びジムに昇り、彼女の隣に坐った。
彼女は本当に泣いていた。
「香織は…?」
私は訊いた。
「気付かずに…、行ったみたいよ…。」
世樹子は片手で両方の眼を擦った。
其の頬が濡れて光っていた。
「一瞬も、哀しませたりしない。」と誓った私の言葉は、嘘になった。
穏やかな夜だった。

 次ぐ12月3日木曜の夜も、私は世樹子と一緒に居た。
我々は三栄荘へ戻ると、柳沢と三人で洗濯物を持ってフー子の部屋を訪れた。
「来た、来た。」
そう云ってフー子はドアを開けた。
「男が部屋に来る事が、そんなに嬉しいのかい?」
柳沢が云った。
「失礼ね。
私は未だ其処迄、都会に染まってないわ。」
「じゃあ、何でそんなにニヤけてるんだい?」
「あら…、ニヤけてた? 
私…。
嘘でしょう?」
フー子は頬に手を当てて笑いながら台所へ行き、コップとジュースを持って出て来た。
「でも、フー子ちゃんは一頃に比べたら、すっかり元気になったわね。」
世樹子が云った。
「ま、どうせ人間なんて、いつ迄も落ち込んでは居られない軽い生き物なのさ。」
柳沢は云った。
私はベランダへ出て、洗濯物を洗濯機の中へ詰め込むと、標準サイクルのボタンを押した。
「やあ、鍋物の美味い季節になりましたなぁ…。」
部屋へ戻るなり話題から大きく掛け離れた事を云い、私はみんなの会話を中断させてしまった。
「鉄兵、御腹空いてるの?」
フー子が訊いた。
「あ、俺、空いてる。」
柳沢が云った。
「何? 
あなた達、世樹子にちゃんと作って貰ってるんじゃないの?」
「彼女は鉄兵の為にしか、作らないんだ。」
「あら、そんな事無いわ。
私、料理上手くないから…。」
「そりゃあ、ま、香織と比べたら、世樹子が可哀相よ。
香織は器用って云うか、何やらしても上手いものね。」
「そんな事云って、フー子ちゃんだって料理上手いじゃない。
私だけなのよ、不器用なのは…。」
「無芸大食って奴か。」
私は云った。
「そうなのよ…。」
世樹子は下を向いてしまった。
「鉄兵ったら、自分は全然出来ない癖に、よく云うのね。
感心するわ…。」
フー子が云った。
「大体あなた達は、一人暮らしをしていても余り意味が無いのよ。
普通一人暮らしをしたら、男の人でも料理位上手になるものなのに…。」
「俺達だって、上手くなったさ。
作るのじゃなくて、作らせるのが…。」


                           〈五八、児童公園事件〉





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Last updated  2007年11月08日 15時36分59秒
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