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カテゴリ:旅行
京都のバスツア-の続き 湯豆腐で腹ごしらえした後 向かったのは「新島旧邸」 2013年のNHK大河ドラマ「八重の桜」の主人公「新島八重」の私邸 旧邸の建物があった場所は 幕末まで禁裡幕府の御用大工棟梁中井家の屋敷があり 1875年 八重の夫の新島襄が賃借して 生徒8名で同志社英学校を開校しました つまり 旧邸のあった場所が同志社発祥の地でした 学校は 翌年旧薩摩藩邸に移りますが その後 この場所を購入して自宅を作りました これが今の新島旧邸です 寺町通に面した木戸をくぐり まっすぐ進むと玄関があります 建物は和に洋をとりいれた建築様式でバルコニーがついていて 明治時代の建物とは思えないほど現代風 窓はガラス戸の外に木製ののよろい戸を取り付け 上のほうに和風の障子欄窓がはめてあります 風通しを良くするために床を少し高くしたり 暑さを避けるために屋根の庇を深くしたり いろいろな工夫が見られます 書斎 新島が使った机も当時のまま残っています 壁1面に書棚があり中の本は8割が洋書で 同志社の学生は図書館のように自由に利用していたそうです 応接間は18畳くらいの洋間 会議やいろいろな集会に浸かっていたようで テーブルがそのまま置かれています 応接間の隅に鉄板を使った簡単な暖炉がありますが これに大きい煙突を作って鉄板で囲み 屋根の上に突き出し 余熱で1・2階の部屋を暖めるという工夫がされています (簡単なセントラルヒーティングかな?) 暖炉背面にある2階へ温風を送るためのダクトです 台所 台所と食堂に間にハッチ式の配膳棚がついていて 今は当たり前でも 当時はかなり斬新的 土間のないダイニングキッチンも珍しかったでしょうね 新島の死後 1階の洋間を改造して作った茶室 会津藩出身の八重が新島の死後に 洋風の生活から純和風の生活へと回帰していったようです 和に洋をとりいれた板張りの腰掛式トイレ 日本では初期の物になります でも すべてが洋風というわけではなく 箱階段など和風の物も取り入れたしています 新島夫婦は 八重が夫を「襄」と呼び 夫の襄は八重の事を「八重さん」と呼んでいたそうで ユニークなカップルですね ドラマの中でもそう呼んでいたのかな?
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