|
カテゴリ:ありのままの自分で
そのうち一回の経験は、約八年前、自分の子供を死産で亡くしたときです。
不思議なことに妻との間では、このことは悲しいことではなく、「何か意味のあること」として、おごそかな気持ちで受けとめるしかないような、とても言葉にはしえない体験を二人はしました。 そんなの屁理屈だといわれるかもしれませんが、すくなくとも当事者の二人の、心の奥深くが、なぜやら納得していました。とても不思議で、変に思うかもしれませんが、そう二人は心の奥で「うん」とうなずいたのです。 もちろん、感情は違う反応を起こしていました。実際、目の前で立ち合っていたので、ショックでひざが砕けて立ってられなくなりましたから。(あれって、TVの世界だけのオーバーリアクションだとおもっていましたが・・笑。)しかし、静かにあるがままを受けとめている妻を見たとき、悲しんでいる場合じゃありませんでした。 その時の封印した感情が、その後何週間か経ったある日、大好きな瀬戸さん(「水の詩」のシンガーソングライター。「水の結晶」の話で出てきた人です。)が、大きな包み込むような愛情で、自分を抱きしめてくれたとき、なぜか人前にもかかわらず、子供のようになきじゃくってとまらなかった。 でも、この話は悲しい話ではないんですよ。それで、つかえていた感情もありがたいことに昇華(開放)したようです。 これが二度の涙が止まらない体験のうちの一回です。 本題は、もう一回の経験のほうだったのですが・・・・・、 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[ありのままの自分で] カテゴリの最新記事
|
|