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Y’s 発展・開発途上日記

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yumix08

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2006/05/26
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カテゴリ:カテゴリ未分類
翌日病室で起きたら間もなく、スープ、ゼリー、ジュースといった液状の食事が出された。左手は包帯でぐるぐる巻きで、硬く固定されていた。右手には点滴の管がつながれていた。同室の患者は23歳のフィリピン人の女の子で同じく車の横転事故にあって、足の大たい骨を折ってしまった子だった。彼女はフレンドリーないい子で友達のように話せた。二人共1-2日目は痛み止めのモルヒネの影響もあって、死んだように寝てばかりいたが、起きている時にお話していた。お見舞いに来ていたご両親もとてもいい人達で、いろいろ話し、お母さんは「物事には全て意味があって、これが起きたという事は忙しすぎたのなら、ゆっくり一度止まって休みなさいということなのよ」「体がどんなに怪我して痛んでも、心(Mind)が満たされている限りは何事も大丈夫」と言って励ましてくれた。また元気の出て癒される言葉が毎日更新されるWEBサイトを教えてくれたりした。お母さんも大手の銀行でVPを勤め、忙しい生活をした後、やっぱり心の平安が大切と、リタイヤして家族でラスベガスに引っ越してきたそうだ。お父さんの方は今まで徴兵で3回の戦争(イラクも含む)に出兵して、何回も手術を受けているので、どういうものか良く分かるそうだ。

二日後に彼女は地元なので家で療養するために退院してしまったが、その時にご両親が「いつでも電話したり、退院してから家に泊まりに来たかったりしたら遠慮なく来なさい」と言って、連絡先を置いていってくれた。遠く離れた地でこう言ってくれる人達がいることは心強かった。ヘリコプターに乗る前に携帯で連絡して以来だったロンドンの両親もひどく心配して、ラスベガスの病院を探し出して電話をかけてくれた。イスタンブールに出張に行っている父と、大学院の課程の試験中の母が両方飛んでくると行ったが、私は看護婦の24時間ケア下にあるし、来てくれても薬で寝てばかりなので、そのために全てを捨てて来てもらうと余計に気にしてしまうので固く断った。電話で不安な時にいつでも話せれば心強かった。

今回の旅行は行く直前まで何かととても忙しく疲れていたので、タイミング的に見合わせようかと何度も思って迷った末、やっぱり大自然を見たら疲れも吹き飛ぶかと思って結局来たのだが、結局自分の一旦やめようかなという直感と疲れすぎるから無理はやめたらと言っていた母や友人の直感もある程度正しかったのかもしれない。でも、そこまで迷っても結局来ることになったことと、事故があっても殆ど奇跡としか思えない位ダメージが命に別状がなく、周囲にタイミングよく助けてもらえたことを総合すると来た方が良かった何らかの意味がそこにあったという気持ちが起きてならない。実際、初めて入院してみると普段の生活では全く考えないことを考えたり、如何に不幸中にも何か守られていたことで奇跡的に助かり、逆に幸運を感謝したり、周囲の人、見知らぬ人たちも含めて、人の心の温かさや親切を身に沁みて感じたり、自分の力でどうしようもない状況に陥って初めて人の助けに依存している自分を体験したりしたことは長期的に自分の人生にとって意味があるように思った。

上手く言えないが、普段の生活とは大事なことの基準が全く変わって別の次元で考えるようになるというか。。。最も大事なことは仕事の成功でも一時的に楽しいことでもなく、本当に必要としている時に手をさしのべてくれる人、声をかけ心配してくれる人が周りにいるということだと思った。そして自分がいつこのようにどうしようもない状況になるか分からないから、自分が元気で人を助けられる時は幸運なチャンスと思い、人を助けられることが大事だと思った。本当に、チリ人の救急医療手当てで助けてくれたおじさん、ユタ州の関係ない通りがかりなのに助けてくれた若者達、職場のすごく心配してくれる善意の人たち、こういう時はキリスト教的な奉仕・慈悲の精神(キリスト教には限らないが)にあふれたアメリカ人、ラテン人達、を見習わなくてはと思った。

今回感動したのは心配してくれた友達の皆はもちろんだが、職場の人達も仕事の場しか共有してないのに、本当に心配して、励ましの電話、メールを毎日のようにくれたことだった。オフィスのコロンビア人の秘書さん(私の職場でお母さんのように可愛がってくれる人)、直属のドイツ人の上司が心配して電話をくれて、仕事のことは一切心配せずこちらに任せて、治療に専念してくれと言ってくれた。秘書さんに至ってはそんな遠隔地に一人でいては可哀想と各地に機動的に電話をかけて、私をすぐさまワシントンの病院に移転させようとする勢いだった。また、彼女が部門中の同僚に私の状況を知らせたため、いろいろな同僚からメールが届いたり、花と「よくなってね」風船!など部門からもクライアントのファンド・マネジャーからも届き、部門のマネジャーからも直接電話がかかってくるなど、みんなの思いやりがとても有難かった。なんと私は幸せな境遇だろうと手の痛みはさておき、心がとても癒された。

DCの日本人の友人達には数日間はびっくりさせ、心配かけると思い、知らせるのは遠慮していたが、案の定知らせたらとてもびっくり、心配をかけてしまった気がする。でも、早くDCに戻っておいで、助けるからと言ってくれた友人、メールしてくれた友人達の言葉は本当に心強く、とても嬉しかった。本当にみなさま、お優しい言葉、メッセージ、心遣いをありがとうございます!!とっても励まされました。周囲の人達の温かい心遣いで私は心丈夫にしていられました。







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Last updated  2006/06/07 02:29:54 PM
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