はじめまして。 と 出産物語。。。
久しぶりのこんにちは。9月30日に出産し、mamachan*は10月9日、べビちゃんは10月11日に退院してきました。入院中、完全母子同室なのですが、べビちゃんは体調がよくなかった(↓で書いています)ので、出産後すぐに小児科入院しました。生後3日目、小児科病棟にてご対面です♪お祝いのコメント、ありがとうございました。***さて、思い出したくないけれど思い出してみましょう。9月30日火曜日。午前2時ごろから1時間ごとにお腹が痛いような気がして目が覚めトイレへ。午前5時。やっぱりお腹が痛くてトイレへ。『あ、とうとう来た・・・』前日まで散々苦しんでいた前駆陣痛と違う痛み。『papachanを起こさないと。』その時、トイレに向かって廊下を歩く足跡。「目が覚めて部屋のぞいて見たら、mamachanいなかったから・・・どうした?」丁度?虫の知らせ?なのかpapachanが起きてきました。「よかったぁ。papachanを起こさなきゃって思ってたのよ。始まったみたい・・・。」よっしゃ!ってことで、1時間様子を見てから病院へ電話をし、おばあちゃんに家に来てもらって、子供たちをお願いして午前6時過ぎに病院へ向かいました。病院へ着くと、『やっと来たね!』なんて助産師さんに言われながらも内診。『子宮口の開き具合は変わらないけど、フワフワになっているよ』とのこと。『フワフワ???』子宮口がやわらかくなるとフワフワになるのかしらね。。。病室で病院着に着替えて、いざ陣痛室へ!フツウに陣痛が来て子宮口もイイ感じで開いてきました。午前11時前には7cm開大。『この調子だと昼過ぎには生まれるかしら。』なんて思っていましたが・・・降りてくるはずのべビちゃんの頭が降りてきません。分娩室に移動してべビちゃんが降りてくるのと子宮口が開くのを待ちましたが・・・肝心のべビちゃんの頭がまだまだ降りてこなくて。。。いきみたくなってきても『まだ赤ちゃんが降りてこないからだめだよ!』なんていわれるし。。やっとの思いで全開大になって、いきんでも『赤ちゃんが降りてこないから、頑張って!』と何度も何度もいきみました。時すでに午後4時半。「さあ、やるか。」みたいな顔で、以前通院していた病院のDr.吸引の道具を使って、陣痛の波に合わせてべビちゃんの頭を引っ張ります。なかなか、出てこず。。。ちょうどソノ時間といえば、日勤と夜勤の助産師さんが申し送りをしている時間。切迫早産で入院していた時から、助産師さんの皆さんには良くしていただきました。気づいてみれば、分娩室には産婦人科のDr.が2名、小児科のDr.が3名、そしてフルメンバー!?と思うくらいの助産師さんが10名以上、そしてpapachanがいました。皆さんに励まされ、最後の最後には、片足づつを助産師さんに押えてもらい、「これじゃ駄目だ」とお腹を押す助産師さん。はい。。今回も悲鳴を上げていました。papachanとたくさんの助産師さんに囲まれて、午後4時58分。4850gの大きくて元気なべビちゃんが生まれました。べビちゃんは巨大児ということで、そのまま小児科入院。その後、mamachan*の体内環境が良かった!?ため急に低血糖になって、哺乳力がつくまでの点滴と黄疸の治療を続けました。それに、手のひらや指は動かせるのですが、肩から下の腕が出産時の圧迫で麻痺してしまいました。今では、すっかり良くなって両腕をばたばた動かしています。mamachan*は1500ccの大量出血で身動きできず、4時間ほど分娩室で過ごし、その後、病室のベッドが分娩室に運び込まれて、分娩台からベッドへ移され、そのまま病室に運び込まれたのでした。子宮の戻りは良かったのですが、出血量が多く、点滴をはずさずに止血剤やらの点滴をすることになりました。会陰を通り越して肛門まで裂けてしまった傷の違和感やら、産後、さらに悪化した貧血でクラクラしながらも、毎日少しづつ体が回復してくるのがわかります。でも、まだ無理は禁物のようです。。。退院の日には、「来年も待っているね♪」などと言われ、「帝王切開だったらいいよ」なんて言う余裕もありました。が、残念ながら4人目は考えておりません。*3人目の出産は、とても辛く厳しい出産になりました。でも終わってみれば、mamachan*の一生のうちのほんのわずかな時間。貴重な体験をしたと思えば、これはこれでmamachan*スタイルの出産なのかも。「mamachan*だから産めたんだよ。ありがとう。」と言ってくれたpapachanに感謝。mamaとしてmamachan*を選んでくれた3人の子供たちyuta,mei,そしてべビちゃん改めyuuに感謝。ありがとう。本当にありがとう。生後16日目(昨日)のyuu家族のみんな、君の笑顔に癒されてるよ^^