いつか何処かで…。5
二、三日前から背中が痛くなり息がしづらいので今日かかりつけの医者に行った。症状を語り診断を待ったが、
「それでは、腰と、背中のレントゲン、胸部のCTを取ってみますか、たいしたことは無いと思いますが念のため」
結果、骨はボロボロになっていてその関係で背中が痛くなり息が苦しくなるという診断を受けた。
まあ、75歳にもなれば骨はちびるし傷んでくるという。
何の治療もできない、このままで暮らしていくしかないという。ほかの臓器には悪いものはないという。
私も務めて健康に留意したことがなく、運動もしない、ただ、一日中パソコンに向かって言葉を綴っているという生活なので自然現象として納得するしかない。骨の老化を道連れに生きていくしかない。
人間とは歳を取ると何もかも草臥れていく定め。文句を言う体と相談しながら仲良く道連れで生きていくしかないということだ。
最近、医者に行くなということをよく聞くが、病気にされるから行くなということらしい。それは医師につらいところを治してもらおうと思うからだと思う。安定剤、医師に診てもらったという安心感だけでいい。見てもらって帰ってから背中の痛みがなくなっている。薬など安心薬と思えばいいということだ。信心も薬も同じ、信じるから効くというものです。
よりにとって骨の老化、正常である方がおかしいともいえる。今まで使ったものを再生できるものではない。
話は少し道をそれるが、人間の臓器と一番良く似ているのがブタであるらしい、豚の臓器を移植する時代は近づいているという。何度もその実験はなされて使えるという判断が出ている。やがてブタの心臓を移植した人たちが生きながらえる時代が来る。なんだか、豚に悪い気もする。これは人間の傲慢なのか、何時までも生きていたいという人たちのわがままなのか、それには皆さんの考えもあることだろう。
人間は肉体は死んでも魂は残る、という科学者による研究が今急ピッチで進められている。
死んでも生き続けられるということは古代から人間は知っていた。
先祖の魂は遺伝子となって今の子孫の中で生きている、今自分で生きているように思っている人たちも先祖の遺伝子からテレパシーが出ていて時に窮した時にはサポートを受けている、そのことにはまったく無頓着でいる人が多い。
いい因果を持った遺伝子の人たちは顔の層が異なる。顔を見ればその人の先祖の遺伝子が見えてくる、それを第六感という。ひらめきなのです。人間はとくべつに修行をしなくてもシャーマン的な霊媒を持っているものだ。霊媒師の予言は顔に現れた先祖たちの魂との交感をすることから生まれているのだ。この顔だったら何々という風にである。人間、そんなに特殊に生きている人は多くない、からいとも簡単に信じてしまうことになる。
医師もその実例を知っているから治療ができる。
今回のことは心において骨の老化による崩れと仲良く道連れしろということらしい。
定めに流されるのではなく定めを流れることにしている。自分の命は自分で責任をもって生きていくしかない。
私はより良い遺伝子を子供たちに残せただろうか…。