なぜか。それは原発建物天井が吹き飛んでから「計画停電」という人為的に仕組まれた社会的パニックが一段落した日だからである。そして例の「バケツ・リレー」が太平洋戦争以来のギャグにもならない極めてシニカルな状況下で原発事故収拾策として演出された。
まさに「319(サイク=細工)」の日として記憶されるべき日なのである。この事実を踏まえれば何故に「はやぶさ」なんぞでバカさわぎしていたのか、その正体が明瞭に見えてくる。なぜ小泉政権下で固形燃料ロケットの開発がストップさせられたのかという経緯すらも。
あの「計画停電」によって放射性ヨウ素131を捕捉すべき貴重な7日間が失われたのだ。つまり東京電力は、そのことを前提に「計画停電」を実行した。そこに日本政府の関与が皆無であったなどと単純に電力会社の欺瞞だけを正面に立てる議論など無意味である。
なぜトイレの脇に浄化槽すらない便所みたいな日本国内の原発を再稼動すると天皇陛下の面前で高らかに野田佳彦は宣言できるのか。なぜ撤去を終えた瓦礫の話をいまごろになってワイドショーの俎上に乗せるのか。そんなにロンドンやパリの圧力が怖いのかい。
こういう悪質な恣意的な施策の実施というのは、まるでニコラ・サルコジが右派の関心を買おうと発言を再び右旋回をしたら地方で銃器による皆殺しを誘発した現実と似ている。つまりロクでもない。これらのミス・リードは本質的には意図的なものである。だから怖い。