『武の夜』
武は新宿のビジネスホテルに部屋をとっていた。
8階建ホテルの最上階の部屋から、新宿の夜景を見つめていた。
大都会東京、4月からここで始まる新しい生活の事を考えながら
期待半分不安半分、どちらとも取れない感情に襲われていた。
そんな時、不意に携帯の着うたが鳴った。
♪♪♪ダーリン、ダーリン、いろんな角度から君を見ていた~♪♪♪
※Mr. Children 「しるし」
無造作に携帯を見ると、それは沙織からのメールだった。
「ん?沙織さん?」
=====受信文=====
こんばんは~(o^-^o)
沙織です
今さっき家に着きました~
今夜は楽しかったね~
武君は学生の時よりずっとイケメンになっててびっくり!?しちゃったよ~
4月の歓迎会が今から楽しみだな~
ところで、明日は何時の飛行機なの?
============
メールは沙織からであった。
「ふふっ」
武は含み笑いを浮かべた。
「こっちの生活に慣れちゃうと、行動早いな~」
武は、メールを見るとそのまま携帯をテーブルの上に置いた。
ソファーに座り、静かに目を閉じる・・・
武は、中学生時代に仲良くしていた〔吉本周二〕の家に
始めて遊びに行った時の事を思い出していた。
中学1年生初夏
※ここから2人の会話は方言になります※
周二とは、クラスは違っていたが同じ陸上部に所属していた。
4月に新入部員として入った7人の中では、最もウマがあったのが周二だった。
部活が終わると必ず一緒に帰宅していたが、土日も欠かさず練習が行われていた為、
学校以外で周二と会った事はなかった。
たまたまその日は、練習が雨の為に中止になり、更衣室に集まっていた部員達は、
それぞれ急に訪れた幸運をどう活用すべきかを話し合っていた。
「今から俺ん家、来ん(こない)?」
着替えをしている武に、周二が話しかけてきた。
「あ、ええじ(いいよ)。俺、何も予定ねえけん」
カッターシャツのボタンをしめながら武はあっさりと返事をした。
「STREET FIGHTERやろや(やろうか)?」
ニヤニヤしながら、周二はズボンのベルトをはめた。
「STREET FIGHTERか~、俺んちにもあるじ(あるよ)」
学生服を着ながら、武もニヤリとした。
「決まりやじ(決まりだね)」
二言三言の会話で、武が周二の家に来る事が決定した。
2人は、カバンとスポーツバックを持ち、足早に更衣室を出て行った。
周二の家は、学校から自転車で10分程のところにあった。
こじんまりとした一軒家だった。
庭はきれいに手入れされ自転車の上には布団が所狭し干されていた。
玄関の表札には〔吉本恒夫、早智子、紀子、周二〕と記されていた。
「へ~、お前ん家、姉ちゃんおったけ(いるんだ)」(宮崎弁)
武が表札を目にして、何気に周二に聞いてきた。
「うん、今高1。日向高校いっちょる(行ってる)」
周二は靴を脱ぎ、武にも家に上がるように促した。
「頭ええんやね(いいんだね)」
武は、脱いだ靴を揃えて、軽く会釈しながら家の中に入ってきた。
「頭だけやじ(だけだよ)、てげな(かなり)ヒステリーやじ(だよ)」
二階への階段を上りながら武は姉に対する不満をぶつけた。
「姉ちゃんなんか憧れるがよ。
俺ん家は兄弟おらんじゃけんつまらんが
(俺の家には、兄弟がいないからつまらんよ)」
そんな会話をしながら2人は、周二の部屋に入り、
早速プレステーションゲームのSTREET FIGHTERをやり始めた。
1時間程、2人は白熱した。
「は~、お前なかなかやるじ(やるね)」
自分と互角に戦う武に、周二は多少の驚きを隠せなかった。
周二にとって、寝る前にSTREET FIGHTERをやる事が
生活の中の唯一の楽しみで、自分の腕前を相当自負していた。
「お前こそ、俺と互角に戦えるって事は、相当やりこんじょるね
(相当やりこんでるね)」
武もまた、周二の腕前を褒め称えた。
2人はお互いの顔を見て、プッと噴出していた。
「何か喉かわけん?(喉かわかない)
下で飲み物もらってくるけん、ちと待っちょきない(待っててね)」
周二は武の答えを待たずに部屋のドアを開け、階段を降りて行った。
部屋に1人残された武は、周二の部屋に置いてある本やゲームを見回していた。
と、その時・・・・
部屋のドアが勢いよく開き、見覚えのある高校の制服を着た女が、
部屋に入ってくるなり、始めてこの家に訪れた武に向かって怒鳴り始めた。
「周、あんたまた姉ちゃんのCD勝手に聞いたやろ(聞いたでしょ)?」
怒りをそのまま吐き出しただけの女は、部屋の中にいた見知らぬ
少年の顔を見て、今後は逆に「ひゃっ」という声をあげた。
本の一瞬、びっくりしたみたいだか、既に状況が把握出来たらしく、
さっきの怒鳴り声とはうってかわった優しい声で見知らぬ少年に即謝罪した。
「あ、ごめん。周二の友達?周二かと思ったけん(思ったから)」
そういい残すと、周二の姉だと思われる見覚えのある制服を着た女は、
そそくさと部屋を出て行った。
武は、周二が部屋に戻ると、つい2分前に遭遇した出来事を話して聞かせた。
「じゃけん言ったやろ?いっつもヒステリーやけんすかんわ~
(だから言っただろ?いつもヒステリーで嫌になるよ)」
武の話を聞き終わった周二は、呆れた顔で周二に愚痴をこぼした。
「でも、お前ん家の姉ちゃん、てげな(かなり)可愛くね」
突然部屋に入ってきて怒鳴り散らした周二の姉に対して、武は好感を持ったらしい。
「性格ブスやじ、家の姉ちゃん」
周二は自分の姉が友達に可愛いと言われ、少し照れくさそうに茶化した。
それが武と紀子との初めての出会いであった・・・
そんな事を思い出しながら、武は再び携帯を手に取り、
今日聞いたばかりの、紀子のアドレスをしばらく眺めていた。
武は何かを思いついたように、おもむろにメールを書き始めた
=====送信文=====
武です。
今日の突然の再会、正直慌てた
姉ちゃん、全然変わってね~(笑)
今夜は、せっかく再会出来たけん
沙織さんがあまりに暴走してて(笑)
あんまり話が出来んかったのが残念や
実はこの前、周二に会った時、
ちょっと姉ちゃんの事聞いてたんよ
色々大変みたいだね
さっきは無神経に変な質問してすんません
まあ、俺は世間知らずで何も役には立たんと
思うけど、話くらいは聞けるけん、昔のよしみで
何でも話してや~。
ああ見えて、周二も結構心配してるって
それじゃ、夜分に失礼しました
おやすみなさい
送信完了
=============
武は、メールを送信すると、携帯を枕元に置き
ベットになだれ込んだ。
沙織からのメールの事は、すっかり頭から消えていた。
心臓の音が、隣に座ってるサラリーマンにまで聞こえる・・・
携帯を見つめながら、しばらく紀子は硬直していた。
結局、紀子は最寄駅に着くまでメールを読む事が出来なかった。
改札を出て、見慣れたコンビニの前を横切り、
人気がなくなった事を確認し、
紀子はようやく携帯を開いた。
何気ないメールが、嬉しかった。
嬉しさと寂しさが交差して、しばらく封印していた感情が一気に込み上げてきた。
「祐ちゃんに会いたい・・・」
「祐ちゃんに会いたい・・・」
その場で、紀子は泣き崩れてしまった。
祐ちゃん・・・紀子がこの世で一番愛する3歳の男の子の名前である。
この物語はフィクションです。
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★ACT5★『沙織の夜』
★ACT4★『同席』
★ACT3★『隣の席』
★ACT2★『みやこんじょ』
★ACT1★頬を伝う一筋の涙
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