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カテゴリ:読み物
鬼ノ城と吉備津神社は両方とも行った事のある場所なのでとても興味深く読めました。
九州の大野城や金田城、四国の屋島城は日本書紀など歴史書に記録がある古代山城だが鬼ノ城は温羅伝承のみで記録がないそうです。 その伝承で「異国の鬼神が吉備の国に現れた。鬼神は~百済の王子」と伝わっているのは案外正しいのではと思う。異国の集団がやって来て、住み着けば原住民と軋轢も起きるだろうし、住み着いたばかりの異国の集団が食料を奪う事もあっただろうし原住民の知らない技術も持っていたので、鬼神と呼ばれても当然。 外国人がやって来て住み着き悪さをしだしたので、中央から軍事警察が来てやっつけた!というのが温羅伝承だと私は感じました。 白村江の戦いで倭は百済の援軍に行ったが負けたりしてたので、亡命百済人集団がやってきて(大和政権に防衛の城を築く条件で許可され)住み着いたが、やがて住民と食料の取り合いとかになったのかもしれません。 温羅伝承じたいが朝鮮半島の伝説と似ているらしいから、古代吉備は(伽耶からの)渡来人によって支配されていたという説もあるそうです。 ちなみに築造当時に日本最大の古墳だった造山古墳もこの地域にあります。 すごい権力を持った勢力がいたが、吉備の三反乱の頃に大和政権に服従したのではと本に書かれていました。 鬼ノ城と吉備津神社ー「桃太郎の舞台」を科学する【電子書籍】[ 岡山理科大学『岡山学』研究会 ] お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2019.09.03 11:19:03
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