|
カテゴリ:障害福祉
さて昨日に引き続き、医療ケアのある私たちのショートステイについて考えてみます
医療ケアのない人たちの放課後支援や、デイケアが増えてくると 当然私たちにもサービスが拡大するといいな、と思った 医療ケア3つの安心 医療のある私たちは、まず、退院して在宅生活を軌道に乗せるところから始まる 在宅ケアを安心して維持するための医療ケアには 1本人の安心 2親(家族)の安心 3支援者の安心 の3つが欠かせない 多くの場合本人は訴えることができないので まずは親、多くは母親のケア方法を支援者に伝授することになる その場合、ざっくりな親と、几帳面な親とでは まったく私たちの安心度は変わる ちなみにざっくりな母 几帳面な父の医療ケア よく聞くのは、親は長い時間をともに暮らしてきた医療ケアなので ほとんど体の一部のようにケアを行っているので 本人や支援者がどこに注目すればよいかを意識していないことも多い なので何を伝えるのかにも慣れていない、そこから、らしい 誰かに頼む、ことから、の人も多い、らしい 本人はすっかりいいも悪いも親頼みだ! 私は医療ケアが開始した9歳の胃ろう注入から12歳の気管切開吸引を受けながら 上手な人、下手な人、丁寧な人、雑な人、神経質な人、やる気のない人 などなど、その人隣を知る手がかりにしてきた おかげさまでその過程で、注入のスピードや、吸引のころ合いなどを 自分でモニターしながら、自分の快適タイミングを知ることができた 知ることができても、伝えられるかどうかは、また別の話 さらに親や支援者が医療ケアの処置の前後に何を観察して、どうケアし、何を評価するかは またまた別の話である それを考えだしたのは子供の時に、初ショートステイに出かけた重度重複の子供が ストレスで亡くなってしまった話を聞いたとき 重度障害の人には環境の変化が命に係わる大きなストレスになりうると知ったとき! 焦った! そうえば私もたしかに、おや?と何かに気づいただけで体のマヒが自動的に強まるし 心配事を意識するだけであっという間に眠れなくなる 感覚的なもの、無意識的なもの、 自分でも気がつかないさまざまな刺激によって 今ここ、の私は存在しているのだ それらをあまり強調して命をゆだねようとすると、みんな怖がる じゃ、やりません、となってしまうことばかり・・・ 準備に越したことはないけれどおおむねここらへんで良しとしますか、の ラインづくりが大切なのだと感じる 自分でも100パーセントはないことを受け入れないとならない このハードルが高かった それは最低ラインはあっても、人とひと、環境の違いで10人いれば10通り以上存在する ラインつくりを一緒にやろうね、という人となら課題を克服できるのだ ガマンやあきらめとは異なる「合意」である なので、まず、医療ケアって何?あなたは何のどこがどうしてこわいの? あたりをよく見つめていきたい それをみんなが教えてくれると、私も、それならこうしたら、の提案もできる しかし いつも自由にコミュニケーションできる人と 私のように限定的な人とでは全く異なる 通訳の親と離れてしまえば私も物が言えない重複障害者なので 全員の代弁はできませんがまず自分のことを掘り下げてみようと思います 作り上げ、熟成させていくのが医療ケア おいしいワインみたいにじっくり育てよう お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2023.08.02 10:59:53
[障害福祉] カテゴリの最新記事
|