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カテゴリ:貧乏
こんにちは。
通勤のバス車内で毎日のように見かけるおばあさんが 実はおじいさんだったことが判明し、思わず二度見をしてしまった はれとけです。 今回も幼少期のちょっとほろ苦い思い出話を書かせていただきます。 小学校で習字の授業が始まる際、習字道具を揃えることになりました。 教材は学校で取りまとめて、みんなおそろいの品を使っていましたが、 私の家は教材を買う余裕がありませんでしたので、 ほとんどの物がお下がりでした。 習字道具もしかり、いとこのお下がりをもらい受けることになりました。 そのいとこは10歳以上も年上でしかも男の子ですので、 もらい受けた道具は同級生たちの物とはあきらかに色もデザインも違っていました。 昭和40年代の教材の色は男子は黒、女子は赤が定番でしたが、 その道具入れは黄土色でした。 私は「赤じゃないからこんなの使いたくない!」と抵抗しました。 そこで母がとった行動は・・・ そのお下がりの道具入れを「ペンキで染める!」でした(笑 今でもスプレーで真っ赤に染められるさまがよみがえります。 抵抗むなしく、その不自然に赤く染められた道具を使うことになりましたが、 習字の授業の度に恥ずかしくて、身を縮め、字を書くどころではありませんでした(笑 当時の母にも譲れない訳があったので、仕方ありませんし、 自分の子供にみじめな思いをさせることは親として何より辛い事だったろうなぁ。 と今は思います。 小学生だったとは言え、もっと母の気持ちに寄り添うことが出来ていればと 悔やんでいますが、母への感謝を心に刻むことで少しでも許してもらえるよう 願うばかりです。 本日も最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2020.09.19 21:41:29
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