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テーマ:カウンターの内側から(7)
カテゴリ:酒処「和酌和酌」
電話が鳴った。
「はい、スナックエムです」 「ママ? 一美です」 「あ、一美ちゃん、こんばんは」 「佳也が死んだの...」 一瞬、何のことか理解できなかった。 「え? 何? 佳也君がどうしたって?」 「死んだのよ...」 「どうして?」 「交通事故。今朝、仕事へ行く前に、コンビニに入ろうとして右折したところへ、対向車に突っ込まれて...即死だったって...お通夜とか葬式、決まったら連絡するね。とりあえず、知らせておこうと思って...それじゃあ」 電話は、一方的に切れた。 「ママ? 一美です。修が死んだの...」 数年前の電話がよみがえってきた。まるで、タイムスリップしたような感覚。 一美は4つ年下の幼馴染み。店にもよく来てくれる、ちょっと工藤静香似の明るい子だ。修とは、中学の同級生で、ずいぶん長い間つき合っていた。突然、修と別れたと一美が言い、理由を聞いたことがあった。 「春が長すぎちゃったのかな...」修に女ができたという返事だった。 一美と修は、何度も別れ、何度も縁りを戻し、周りの誰もがいずれ結婚するものと思い込んでいた。それだけに、今度は本気なんだと聞いた時には、心底驚いた。 以前にも、修が浮気をし、相手の女が一美のところに乗り込んできたことがあった。修と別れてあげるから、100万円よこせと言ってきたらしい。 「100万円程度の安っぽい男なんていらないわ。勝手に持ってってちょうだい」 たしか、こんな啖呵を切って、女を追いかえした。 「バカみたいでしょ?」と言って、豪快に笑っていた。 こんなこともあった。一時、修が、どこから手を出したものか、薬にはまってしまった。あの手この手で説得を試みるけれど、修は聞く耳を持たず、「うるせえ! 俺の勝手だろ!」と、手をあげんばかりの勢いで繰り返すだけ。ある日、修の車の中から、注射器を見つけた一美は、注射器を逆手に持ち、 「修が薬をやめないんだったら、私も薬中になってやる!」 体を張って、修を薬から救った。 それから、修は大型免許をとり、ダンプの運転手として、真面目に働くようになった。一美が修と別れたのと言い出したのは、そんな矢先のことだった。 しばらくして、一美は年下のステキな彼を見つけ、二人そろってよく店に飲みにくるようになった。修はどうしてるのと聞くと、修は修でいい人ができたようで、彼女と一緒に暮らしていると言う。 楽しそうに彼と飲んでいる一美を見ながら、そんなもんかなぁ、と思う。まぁ、幸せならいんだけどね... 私も自分の結婚式がせまっていて、それなりに婚約時代を楽しんでいたし、式の準備などで浮かれながらも、忙しく過ごしていた。式を二日後に控えた夜、私は店で常連客たちとカウンターで飲んでいた。 電話が鳴った。 「ママ? 一美です。修が死んだの...」 「え? 何? なんて言ったの?」 「現場で...横倒しになったダンプの下敷きになったんだって...お葬式、あさってなんだ。ママの結婚式、少し遅れるかもしれない...それじゃあね」 電話は一方的に切れた。 私の結婚式は滞りなくすみ、修の葬式もしめやかに行われた。二週間ほど過ぎた頃、店に一美が姿を見せた。例のステキな彼と一緒だ。 「ママ、私、結婚することにした。来春なの。ママも出席してね」 そして、春爛漫のある日、彼女は美しい花嫁となった。結婚した後も、一美はよく二人で店に飲みにやってきた。楽しそうな顔を見ていると、修のことはすっかり忘れて、今の幸せを満喫しているようだった。私は、少し淋しい思いを抱えながらも、これでよかったんだと、自分を納得させていた。 一年半ほどの後、一美が離婚した。ある日、一美の夫だったステキな彼が一人で店にやってきた。 「ママ、俺、修さんに負けたんだ」 そう言って、離婚に至った経緯を話しだした。 「月に一度くらい、一美が何も言わずにいなくなるんだ。どこに行ってたんだと聞いても何も言わない。そんなことが何度かあって、俺、気づいたんだ。一美がいなくなるのは決まって六日。...修さんの月命日だったんだ。問い詰めたら、墓参りに行って、ずっと修さんと話してるんだって...そんな話を聞いたら、俺、やっぱり辛くて...それから、なんとなくうまくいかなくなって... 死んじまった奴はずるいよ。いいことしか覚えてないんだ...」 その後、一美は佳也くんと知り合い、再婚した。男の子に恵まれ、私は今度こそ幸せになれると思っていた。電話が鳴ったのは、子供が3才になろうとする間際だった。 「佳也が死んだの...」 きれいな容姿を与えられ、両親に大事にされ、誰よりも明るく華やかな幸せな人生を歩いていくものと思っていた一美... 今、一美は小さな居酒屋を切り盛りして暮らしている。彼女と6才になった子供を、優しく見守る人と一緒に... 私はこの居酒屋に、お客となってよく飲みに行く。一生懸命に働く一美と、その姿を見守る優しいまなざしに会いに...今度こそ、幸せをつかんでほしい。神様、どうか、お願い... 有線放送から、「北の旅人」が流れてくる。私はそっと、一美を見る。目が合うと、一美は淋しげな笑みを見せる。ほんの一瞬...修がとても上手に歌っていた歌。 酔った一美の口癖は、「人生、明るく楽しまなくっちゃ! 前向きに、前向きにね!」 私は、自分の結婚記念日がくると、決まって修を思い出す。どうか、一美を見守ってあげてください。一美を幸せにしてあげてください。 一美の居酒屋は、オープンして二年。いつも常連さんでいっぱいだ。今夜も一美の明るい声が響いている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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