カテゴリ:思い出
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人気ランキングに参加しています。良かったらお願いします。 にほんブログ村 ^-^◆ 宗像ユリックス敷地内の久原古墳 [上] 我が家から約1Kmの所に「久原橋」という橋があります。 昔からある橋で、東郷地区と南郷地区を繋ぐ幹線に 架かっている橋です。私も幼い頃から知っています。 以前、田園地帯であるこの辺りには珍しく、 この橋の西側に、鬱蒼と茂った大きな森がありました。 立ち入る道は無く「山姥(ヤマンバ)」が住んでいるという 伝説がありまして、子供がその辺りに近づくと出て来て 喰ってしまうと、祖父母や、親からよく聞かされたものです。 多かれ少なかれ各地にこういう伝説はありますよね。 大人たちの語り口が、ホントに怖かったので、 人一倍怖がりの私は、絶対に一人で近づいたことはありません。 親から聞いた話や、ささやかな記憶を辿りますと、 私が数え年の3歳の冬のことです。 (昔は数え年で歳を表していました) 一家が流行り病で全員倒れ、唯一発症していない私が、 南郷の親戚に連絡に行く事になりました。 幼なかったので、詳しい事情は覚えていません。 約一里(4Km)の距離です。 まだバスもタクシーもありません。 そもそも、自動車を見る事が珍しかった時代ですから……、 当然、歩いて行くことになります。 手紙を包んだ風呂敷をタスキ掛けに結んで貰って出発です。 南郷は母の里で、私が生まれた土地です。 何度も歩いて行っているし、優しい叔母が好きだったので、 行く事は抵抗なかったように記憶しています。 (今風に言えば『初めてのお使い』ですかね……(^-^)) 只、問題は「久原橋」近辺でした。 勿論、一人で通るのは初めての事です。 両親と通るたびに、怖い話を聞いていました。 「怖い」「恐い」「コワイ」"(-""-)" 橋まで、50m位の所から足がすくんで動けませんでした。 戻りかけた記憶もあります。 グズグズしているところに、珍しくトラックが土煙をあげて、 走ってきました。舗装なんて国道以外はしていない時代です。 このトラック……幼児から見れば正に大型怪獣です。 怖くて、川の土手を降りてネコヤナギの群生の陰に隠れました。 すると……トラックが止まったんです。 「オイ、確か子供の影が見えんかったか?」 「いんや、見えんかったよ」 「確かに、子供が居たんだがなぁ……」 「居らんじゃないか。山姥が化けとったんやろう」 「おいおい怖いこと言うなよ」……こんな会話だった様な……。 バターンと車の扉が閉まる音がして、又、動き出しました。 怖くて、怖くて、息を殺して隠れていたことを思い出します。 「山姥」という単語には……一層、恐怖が増しました。 トラックは今時の車の様にさっとは走り出しません。 最初はゆっくりゆっくり、音だけが凄まじいのです。 ……恐る恐る、土手を登って道に上がると、 砂煙の中にトラックが霞んで見えました。 まるで一面に霧がかかったようです。 ……と、私は一生懸命に走り出しました。 砂煙で「山姥の森」が霞んでいたので、子供乍ら「今だ」と、 判断したのでしょうね。 必死で、必死で……トラックの後を走ったのを覚えています。 橋を渡っても、足を止めず……おおよそ100m位は、 走った感覚でしょうか。(最近の確認では30m位です(^-^;) 恐怖心がもたらす力でしようね。 このお使いで、私の記憶に残っているのはこの部分だけです。 あっ、もう一つ、親戚に着いた時に叔母ちゃんが出てきて、 抱き上げてくれて…………手紙を見て……泣き出して、 「兄さん、姉さんのバカ!!こんな小さな子を一人で……」 ……と、叫んでいたのも覚えています。 <続く> 人気ランキングに参加しています。良かったらお願いします。 にほんブログ村 ========================================================== ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 今まで蓄積した本ブログの一部を抜粋して本にしました。 『愛ことば・心の散歩路(ビジネス編上巻・中巻・下巻)』です。 それぞれ200円です。(^-^) AMAZON公式サイトで「愛ことば」で検索して下さい。 良かったら、どうぞ。よろしく、お願いします。 『愛ことば・心の散歩路(ビジネス編上巻・中・下巻)』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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