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藍野家の日常

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June 14, 2005
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カテゴリ:クリスと仔猫たち
夕方4時頃。
父は店で仕事をしており、母が自宅に残っていた。
オス猫(去勢済)ペアのバーニィとアルは、転落防止ネットのついたベランダで昼寝中。
産箱の中でくつろいでいた妊婦猫クリスの様子が変わったことに、母が気づいた。

箱の底を引っかき、タオルがめくれ、その下の新聞紙が破れた。
その後、足をこわばらせるように突っ張る。
お腹が波打つように動くのが見える。
陣痛だ、と、母は察した。

そっとしておくべきか、声をかけて励ますべきか、悩む。
結婚まで団地に住んでいた母は、猫や犬を飼ったことがなかった。
当然、出産に立ち会ったこともない。
動物好きの一軒家で育ち、猫や犬の出産を見たことのある父の助言が欲しかったが
ちょうど、今の時間は父が店を離れられない。

しばらく声をかけて励ましてから、席を外してそっとしておく…を、繰り返す。
「あと1時間ぐらいで、パパ帰ってくるから。それまで頑張ってね、クリス…!」
パパ、という言葉に、少し顔を上げようとするクリス。
「クリスの大好きなパパ、帰ってくるからね。それまで頑張ろうね…!」

市の防災無線の、夕方5時の放送が鳴った。
もう一度、クリスの様子を見に行く。
クリスが体を曲げ、外陰部をなめている。
屋根のある産箱なので、陰になって、はっきりとは見えない。
が、よく見ると、後ろ肢と尾の間に、黒っぽい影がわかった。
クリスに丁寧に舐められて、最初の仔猫が産声を上げた。

最初の仔猫がきれいに乾かされ、茶トラだとわかった頃、父が帰宅。
仕事に行く前はまだ出産の兆候が見られなかったので、母の「産まれたよ」の声に
少々驚いた父だが、母子の様子を少しだけ見た後、「全部の仔猫が産まれるまでは
そっとしておいた方がいい」と、産箱とは別室で、割と普通に過ごした。
母の方があわてていて、男の子たちのフードや自分たちの夕食の支度をしつつも
クリスの産箱を気にしてならなかった。
やっと母が落ち着いたのは、父と夕食を食べ始めた頃だっただろうか。
それまでは、台所と寝室を行ったり来たりして、産箱の様子を見ていた。
2番目の仔猫はブチ柄、3番目の仔は黒っぽい仔…そこまでは、そわそわした母が
産箱を見て確認した。その後は、父の言う通り、産箱を見るのをやめ、クリスに任せた。

夜9時。
しばらくぶりに、母が産箱を覗く。
クリスの乳首に吸い付く仔猫たち。折り重なっていて数がはっきり見えない。
そして、箱の奥に、小さな黒い影がひとつ、動かずにいるのを見つけた。

あわてて父を呼び、部屋の照明を明るくする。
クリスがより懐いている父に、産箱に手を入れてもらった。
「だめだ…もう、冷たくなっちゃってる」

母が産箱から小さな亡骸を取り出した。
その姿を見て、母は言葉が出なかった。
仔猫の亡骸は普通の状態ではない。
出産で力尽きた とか 母猫が世話しなかった という問題ではないことが見てとれる。
父には、見せることができない姿だった。

室内の空気が一転した。
「小学生ぐらいの頃かな…うちで産まれた猫も、だめだった仔がいたよ」と、父。
「あの頃は、まだ猫の避妊とかわかっていなかったから、普通に『産まれる』って
 喜んでいたけれど…育たない子って、いるんだよ。残念だけど」
何とか母の気持ちを落ち着けようとする父。
しかし、母は自分を責め続けていた。

最初の頃、自分が産箱を覗きすぎたことが、母猫へのストレスになったのか。
あるいは逆に、途中から産箱を見なくなったことで、異変に気づくのが遅れて、
仔猫を救うことができなかったのか。
普段から、いわゆる「素人ブリーディング」に批判的でありながら、今回、
既に妊娠していた元ノラ猫の保護という事情があるとはいえ、「素人ブリーディング」に
反対している自分自身が、猫に自宅で出産させ、1頭が死亡した。
自分は、猫の出産に立ち会うにはふさわしくなかったのではないか?

亡骸を見たショックで泣くこともできずにいた母が、自責の念で泣き崩れた。

一通り涙を流すと、気持ちが少し落ち着いた。
ここで泣き続けていたら、クリスや元気な仔猫たちのためにならない。
大仕事を成し遂げたクリスを、ねぎらわなくては。
クリスと仔猫たちが、健康に幸せに生きられるように考えなくては。
仔猫は5人兄弟だった。
4頭は、元気にクリスの乳を飲んでいる。
クリスも、仔猫たちをよく舐め、大切に世話している。
顔を上げて、母子の「これから」を考えなくては。

亡くなった仔猫に、名前をつけることにした。
うちの子にして、それから弔って、ずっとずっと家族でいよう、と。

星になれるように、と、仔猫は「ステラ」と命名された。





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Last updated  June 15, 2005 03:13:53 PM
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