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テーマ:キリシタン(4919)
カテゴリ:キリシタン
【旧高遠藩領内のキリシタン】 この写真は2009年8月20日に、旧高遠藩領内のとあるお寺で撮った写真です。正面奥に写っているのは薬師堂です。右側にある新しく造られた細長い祠には新しい観音菩薩像が並べられています。しかし、このお寺は曹洞宗のお寺です。薬師堂の左手に本堂があり、そこには「〇〇禅寺」と書かれた大きな扁額が掲げられています。そして、この写真を撮っている小生の右後ろには、「庚申」碑や「道祖神」碑が集められています。 曹洞宗のお寺に薬師堂があったり、観音菩薩石仏が祀られていても、それを不思議なことだと思われる方は少なくなってしまいました。しかし、曹洞宗のお寺のご住職はそれをよくご存じです。小生は、しかし、そうした変化の是非を考えることはしません。信教の自由ということは、国家と個人の間だけにいわれていることではなく、個人間においても守られなければならないという最高裁判所の判決があります。 自分の宗教で他の宗教を批判しても、最後に残るのは空しさだけです。宗教は常に、科学や論理を越えたところにあるものだからです。そして、様々な宗教は、時代の流れの中で変化し続けてきました。そして、その変化から時間が経つと、当事者の間でも変化する前のことが判らなくなってしまいます。ただ一つ言えることは、そうした変化が社会の中でどのように機能しているかをしっかりと捉えていないと、信教の自由ということの本来の意味が見失われてしまうように思えてなりません。 ただ、歴史研究は過去の事実を列挙するだけに留まるべきだと、小生は考えてきました。そのことの是非は、歴史研究者がするべきではなく、その研究結果を呼んだ方々お一人お一人がすべきことであるのではないでしょうか。そして、過去の歴史を判断する時に、一番大事なことは、現行憲法とそれを遵守して決められた法令によって判断すべきであると考えてきましたが、最近の国際化社会の中では、日本が批准している条約も考えなければならないと思っています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2013.03.29 11:06:16
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