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テーマ:キリシタン(4919)
カテゴリ:キリシタン
【会津の宝篋印塔】 この宝篋印塔に最初に出会ったのは、データベースを調べたら2000年のことでした。とある村の道路脇の墓地に建てられています。ただ、笠のすぐ下の石は本来のものにはなかった石であろうと思われます。底面も上面も見えないので判りませんが、もしかすると石臼の部品かもしれません。高遠石工は石臼も彫っています。 伊那谷では、使わなくなった石臼が集められて、お寺の境内に敷き詰められているところがありますし、お寺の山門から本堂まで石臼が並べられているお寺もありました。お寺の広い前庭にかなりの数の石臼が並べられているのは壮観でした。もっとゆっくり写真を撮ってきたかったのですが、あの時は珍しく伊那谷で雨に遭ってしまったので、早めに切り上げてしまいました。 高遠石工が会津へ来ると、製作物に名前を彫らないようにという指示が会津藩から出ていたのかと思えるほど、高遠石工の名前が彫られている石造物が会津には少ないです。高遠石工の名前が彫られている石像は一体しか見たことがありません。あとは、鳥居に名前が彫られているものと、石塔に名前が彫られているものだけです。 しかし、中通りに定住した高遠石工がいて、2009年10月16日の讀賣新聞にその石工が彫った狛犬に関する記事が載っていました。ある方が、その新聞を送って下さいました。何回も読んだのですが、非常に考えさせられることが書かれていました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2014.02.26 19:37:42
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