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テーマ:キリシタン(4919)
カテゴリ:キリシタン
【会津の弁才天石仏】 2008年11月13日、何人かの方からお話をお伺いしていた、この弁才天が四角柱の石に彫られている石仏を見に行きました。地元の方はよくご存じであろうと思われますが、何故、ここに弁才天が祀られているのか、いまでも気になり続けています。この辺りは、小生はよく知っている場所です。最初に作った伽羅蕗は、この辺りで集めた蕗で作りました。 しかし、まさかここに弁才天石仏が祀られているとは思っていませんでしたから、ここまで入ってくることはありませんでした。そして、周辺の地番からすると、この弁才天は以前はここではないところに祀られていたのかもしれません。それをあることがあってから、ここに移設したのかもしれません。その「あること」を記憶している方はお一人もいらっしゃらないだろうと思います。 また、こうした石造物は仏像にはなりません。仏像は木製、もしくは金属製で、仏師が彫ったり、鋳たりしたものでなければなりません。そして、ここも会津ですから、もしかすると高遠石工の作品かもしれません。この一帯には、高遠石工の作品であろうと思われる石像や石仏が残っています。それも確かめていたので、気になって仕方がないのですが、もしかすると、この辺りにキリシタンの何かがあったのかもしれないと思っています。 それで、ここに「あること」があって以降にここへ移設したと考えると、辻褄が合うことも見えてきます。そしてこうした謎を解決してくれたのは、史料に残されている不思議な記述でした。この糸をたぐり寄せると、また別のことが解決できてきます。会津のキリシタン研究は、そうしたことの連続でした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2014.03.10 11:53:26
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