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テーマ:日本の未来(224)
カテゴリ:東日本大震災
【放射線量計を持って】 震災の後、フィールドワークに出けることを考えて、スカイツリーのてっぺんから飛び降りる気持ちで、放射線量計を手に入れました。正確なものではありませんが、目安にはなるだろうと思い、会津以外のところへフィールドワークに出掛ける時には携帯しています。 約1.14μSv/hの外部被曝だけで1年で1mSvになりますから、そこから、内部被曝の分を引いて(内部被曝は食べ物だけではありません)、0.08μSv/h 程度が限界かなと思いながら、「この値だと年間3mSvを越えますよ!」という警報が鳴っていたこともありました。浜通りではありません。中通りでのことです。知り合いの方と出掛けた時は、それぞれの放射線量計が音を立てていて、知らない方がお聞きになったら、不思議に思われただろうと思います。 東京やその周辺の方々は、福島県の浜通りや中通りの情況をほとんどご存じない方が多いと、昨夜、新聞のサイトで読みました。高校生以下の子供たちは、上限はもっと低く考えるべきですが、東京都は高齢化が進んでいて、小学校は1校もないのか、原子力規制委員会のサイトには、小学校のデータがまったくありません。関東地方の他の県でもそれに近いところがあります。 セシウムの半減期は30年ですから、30年経っても放射線量は半分にしかなりません。お庭やベランダが高い可能性は十分にあると思っています。また、ベランダの放射線量とガラス窓の内側ではまったく変わりありません。学生時代に古書店で手に入れて読んだ、原発に関する本の内容が、脳裏に浮かび続けています。人間のすることがすべて完璧で、大きな地震や津波が来なければ原発は安全だったとも言えません。原発も人間と同じで経年変化します。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2014.03.14 07:50:03
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