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テーマ:キリシタン(4919)
カテゴリ:キリシタン
【八ヶ岳】 山梨県にあるとあるお寺が気になって、2011年11月16日に東響分室から日帰りで出掛けた時、急に八ヶ岳がフロントガラス越しに目に飛び込んできたので、車を止めて、写真を撮ってきました。この八ヶ岳へは何回出掛けたか判りません。学生時代、お金が出来ると新宿駅から夜行の各駅停車に乗って茅野まで行き、そこから渋温泉行きのバスに乗って終点まで行き、黒百合ヒュッテ目指して登って、そこから天狗岳・夏沢峠・硫黄岳まで行って、雄大な景色を見ながら休憩して、また夏沢峠に下り、本沢温泉に泊まって小海線のどこかの駅を目指して降りてきていました。 温泉に泊まると言っても、勿論素泊まりで、確か500円位で泊まることが出来ました。食事は恐怖のワンパターンで、フランスパンとカレーの缶詰だけで、コーヒーは勿論インスタントでした。そして、残っているお金があると、小諸経由で信越本線(当時)で上野まで帰ってきていました。小諸の懐古園が好きで、浅間山系の峠道に三十三観音が祀られているので、それを撮りに所長と出掛けた時、まさかの吹雪に遭って途中でひきかえしてきた時にも寄ってきました。 亡母の具合が悪くなって、夏休みのほとんどは亡母の実家にいましたが、その時に祖父が懐古園にある動物園と遊園地に連れて行ってくれたので、所長と一緒に動物園と遊園地を歩いてきました。佐久平や甲斐にキリシタンの痕跡があるとは考えてもいませんでしたが、佐久平にも甲斐にもキリシタンのはっきりとした痕跡が残っていることを確認しています。武田信玄の「信玄」は法名で、名前は晴信だと知っていましたから、まさか甲斐にはと思っていたのですが、間違いなく転切支丹類族の墓石だと言える墓石も確認してきました。その墓石はここでもご紹介しています。 この時に出掛けたお寺は臨済宗のお寺だったのですが、そのお寺の裏の高いところに、立派な観音堂が建てられていました。「行基菩薩」が彫った観音菩薩像が祀られていると案内板に記されていましたが、観音堂の中を見ることは出来ませんでした。不思議なことです。何故、臨済宗のお寺に観音堂が建てられているのでしょうか。そして、「行基菩薩」は僧侶です。仏師ではありません。帰りの車の中では、そのお寺の境内に祀られていた「百観音」石仏のことが気になって仕方がありませんでした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2014.03.20 19:48:19
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