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テーマ:キリシタン(4919)
カテゴリ:キリシタン
【会津の不思議な六地蔵】 会津のとある村の道路脇にある石灯籠型六地蔵ですが、彫られている六地蔵の一体は乳児を抱いているように見えます。以前から気になっていたので、2009年7月23日に写真を撮ってきました。ただ、この六地蔵は人為的に破壊されています。これも明治初期の「廃仏毀釈」であろうと思われますが、この村に残っている別のモノから考えると、これもキリシタンのものであろうと考えられます。 また、2004年11月26日にこの村の墓地を巡ったことがあるのですが、残されている墓石からも、間違いなくキリシタンのものであろうと考えられます。こうしたことは、『会津藩家世実紀』にある会津藩の対切支丹政策からも同じことが考えられます。そして、この一帯の村々に残っているモノやコトからすると、キリシタンがいつの頃か仏教の中に隠れたり、修験道の中に隠れていたようです。 2006年12月19日に、修験道のお堂に残っていたモノを、代々修験を継承してきたお宅で見せていただくことが出来ました。数多くの像が押入に祀られていましたが、真ん中には「子安観音」像が祀られていました。ここでご紹介したことがあります。それだけではありません。 この一帯にある一番大きなお寺の境内には、高遠石工が彫った石灯籠が残っています。そして、一昨年、この一帯のある方に色々とお話をお伺いすることが出来ました。そのお話をお伺いしているうちに、この一帯にある不思議な墓石を理解することが出来ました。おそらく、明治以降も隠れ続けていたキリシタンがいたのであろうと考えられます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015.01.12 15:30:17
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