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カテゴリ:キリシタン
【伊那高遠の雪】 これは伊那高遠のとある村を撮った写真ですが、2011年1月26日です。雪はほとんどありませんでした。伊那高遠ではそれほど珍しいことではないとのことです。ですから、寛永十三年(1636)に保科正之公が伊那高遠から山形最上へ移封された時、伊那高遠から山形最上へ移住した家臣達は雪の多さに驚いたであろうと思われます。 小生が知っている限りでは、山形最上の積雪は猪苗代と同じか、少し多いです。蔵王から12月に猪苗代へ車で移動したことがあるのですが、盆地の平坦な部分でもかなり雪が積もっていました。また、伊那市中心部では10センチ雪が積もると、1軒から1人、除雪作業に出なければならないとも聞いたことがあります。「会津じゃ毎日だべ」と所長と話をしていました。 この写真に写っている小高い部分は、地元では「物見台」だったとされ、城主は村の中に館を構えていたと案内板に記されていました。また、この小高い部分は土を盛り上げて築いたのではなく、右奥の尾根の先端部分だったのを、村の中を流れていた川の流れを変えるために、近年になって尾根を切り開いたと別のところに記されていました。 そして、別のところにあった城主に関する案内板には、この城の城主は間違いなく保科正之公の重臣で、山形最上へ移住していることが記されていますし、その姓と同じ姓の重臣が会津時代の保科正之にもいました。非常に興味深いことです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015.01.30 14:20:40
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