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テーマ:キリシタン(4919)
カテゴリ:キリシタン
【会津のとある村にある観音堂と「大禅定門」墓石】 この観音堂がある村を最初に訪ねたのは1998年でしたが、この観音堂の裏にある墓地に、下の写真に写っている墓石があるのに気が付いたのは2006年のことでした。位号が「大禅定門」になっています。この「大禅定門」は殿様に付ける位号ですが、殿様の墓石が何故、この村のお寺ではなく、観音堂のところに建てられているのか。お寺にも墓地がありますし、この村には広い墓地がそれ以外にもあります。 そして、この村にあるお寺は曹洞宗のお寺ですから、この観音堂はお寺とは関わりなく建てられたと考えられます。また、この観音堂に建てられていた案内板には、 これを読んで、この観音堂を建て、観音菩薩像を祀ったのは、『新編会津風土記』に記されているこの一帯の豪族であると考えられますが、しかし、お寺とは関わりなく建てられたのですから、この千手観音菩薩は本当に観音菩薩だったのかが、非常に気になります。元禄年間には、この一帯でも間違いなく宗門人別制度が施行されています。 しかし、『新編会津風土記』や『会津藩家世実紀』には、こうした不思議なことが記されていませんから、なかなか「歴史」には登場してきません。皆さんがお住いのところにも、同じように不思議なことがあるだろうと思いますが、関心のある方は、ご自分の村だけでなく、周辺の村々のお寺やお堂などを是非、じっくり巡ってみて下さい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015.03.10 14:33:34
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