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テーマ:キリシタン(4919)
カテゴリ:キリシタン
【会津のとある村の曹洞宗寺にある「湯殿山」碑と「子安観音」石仏】 前述までのお寺の境内には、何故か「湯殿山」と彫られた石碑が建てられています。そしてそのすぐ横に「子安観音」石仏が並べられています。この「子安観音」石仏は、左手に丸いものを持ち、右手で乳児を抱いています。そして何よりも、光輪が十字架のシンボルの一つになっています。調整の母校の徽章にはこの形が用いられています。 この「子安観音」石仏に最初に出会ったのは2004年の夏でしたが、体が凍り付くほど驚きました。これをご覧になって、非常に驚かれた方も多いかと思います。ただ、2004年の夏には、まだそれほど会津を巡ることが出来ていませんでしたから、小生も大変に驚いたのですが、今は「これが会津のキリシタンなのだ」と納得しています。 何しろ会津には「ジロニモ」と読める創作文字が墓石に彫られているケースがあるのですから、こうした「子安観音」石仏が残っていても不思議ではありません。そして、ヒブル文字の「メム」が彫られている「子安観音」石像も会津には残っています。 あの村は少し知っている村なので、あの「メム観音」に出会った時にも驚きました。伊那高遠に「Α(アルファ)」と「Ω(オメガ)」が彫られた馬頭観世音石仏が残っていますから、会津に「メム観音」が残っていても不思議ではありません。そして、旧高遠藩領内の至るところに、キリシタンの痕跡が残っています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015.05.19 17:15:07
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