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テーマ:キリシタン(4919)
カテゴリ:キリシタン
【会津の「子安観音」像】 これは昨年の7月30日に、所用で会津に出掛けた帰りに、とあるところで撮った写真です。去年の4月に東京へ引っ越す頃にある方がここに「子安観音」像が祀られているとお伺いしたの、それを確かめに立ち寄りました。この一帯には、不思議なものが残っている村が多いので、特別驚かなかったのですが、ここは村の中ではありません。岩窟の中です。 そして、東京へ帰ってきてから、国土地理院の地形図と『新編会津風土記』などの史料のデータベースを見比べながら、どこの村からここへ運ばれてきたのかを考えました。その結果、もうかなり以前のことですが、とある山間の小さな村を訪ねたのですが、その時には全村が離村していました。そして、それほど離れていないところに新しい集落が出来ていました。 史料にはその村に観音堂があるとは記されていませんが、史料には記されていないお堂に「子安観音」像が祀られているケースは少なくありません。祠も同じです。小さな祠に典型的な「子安観音」像が祀られているところがあり、村の方にお伺いしたらその祠が建てられているところへ行く道は、とある街道の旧道だと判りました。 こうした「子安観音」像や不思議な薬師堂あるいは観音堂をすべて公開したら、会津一円にキリシタンが広まっていたことをお伝えできると思っているのですが、悲しい誤解が会津一円に広がっているので、やはりそうしたことはしないことにしました。ただ、この一帯にも保科正之公が会津藩主になられてから成立したと考えられる村々があり、山ノ神のマツリを村のご婦人方が行っている村も、この一帯にあります。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015.06.07 08:32:20
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