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カテゴリ:キリシタン
【去る6月13日に出会った転切支丹類族墓石】 これは岩手県と宮城県南部を訪ねた時に、道路脇から少し上ったところに神社があって、その神社の隣にお寺があったので墓地を訪ねたら、入口のところに転切支丹類族墓石が並べられていたので、写真に撮ってきました。場所は岩手県か宮城県かは判りません。 ここには<○>が彫られた墓石が集められています。それぞれの家々が墓域を整備した時にこうした転切支丹類族墓石をここに移動したのであろうと思われます。そして何故か、ここには大きな観音菩薩像が建てられていました。そしてその前には、大きな石製の水瓶がありました。村のご婦人が奉納したもののようです。 先週の北上川流域のフィールドワークでは、多くの転切支丹類族墓石に出会ってきました。そして、そうした墓石が残されている家の方ともお話をすることが出来ました。どうも「キリシタンは罪人」と考えている方々がいらっしゃるようですが、戦後の新しい憲法の精神がきちんと教育されていなかったようです。子供たちだけではありません。成人した人々にも、日本国憲法の一番大事なところがきちんと説明されていなかったようです。 明治「政府」は、宗門人別制度や切支丹禁制をどこまで破棄できたのか。あるいは破棄しようとしたのか。こうしたことから、日本の近代史をもう一度考え直さないと、日本の社会に残っている明治憲法を一般民衆が破棄することは非常に難しいだろうと思っています。11月3日が何故「文化の日」なのか。現在でも「天長節」という言葉が残っています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015.06.16 18:22:30
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