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カテゴリ:音楽
それから五分も経たないうちに、まばらにクルマが停めてあったこの駐車場に一台のバンが入ってきた。
他車のヘッドライトやらなにやらで時々浮かぶように暗闇の中におぼろげに見ることのできるそのクルマが仕事での知り合いが所有する自家用車だと気がついた者がいた。 自分もそのこちらに向かってやってくるバンを見ていて何かがヘンだなとは感じた。 凝視してよく見ると、クルマ自体の挙動もどこかおかしかったし、なにより色がくすんで見えていたのだ。 「うわーボコボコじゃん!」二列目の席にいた男が声に出した。それは明らかに入ってきたバンのことを指していた。 自分もやっと気づいた。クルマの全体、特にサイドが黒っぽく見えるのは塗装がところどころ剥がれていたり、まるで多重の接触事故をかいくぐってきたかのようにいたるところベコベコに潰れていたからだった。 助手席側のドアをギコギコさせてからのバリッという破裂音をさせて扉を開けて男が出てきた。見覚えのある立ち姿だった。 やはり前列二列目にいた男が「おー タカさんや・・・」と言うとスライドドアを開けるとクルマから駆け下りた。車内に冷たい空気がなだれ込む。 「タカさん!」と呼ばれてバンの男はこちらを向いた。特に驚いた様子もない。クルマを飛び出した男が駆け寄る。タカと呼ばれた男が何かを伝えると、駆け寄った男はその場にまるで崩れるようにへたり込んでしまった。 何があったのだろうか。おおよそは見当はついた。このふたりは仕事でも仕事以外でも一緒にいることが多かったので共通の仕事仲間、友だち、知人は多いはずだからだ。 こちらのクルマの中で「誰かが行っちまったんかなぁ…」とか呟いた者がいた。 おそらくは、そういうことなのだろう。 タカと呼ばれた男は名取市にある仙台空港から利府まで移動のため、数台の車で海岸沿いを走行中に地震に遭遇したのだという。そしてそのうちの一台は空港近くにある直接の雇用主の派遣事務所の営業所に戻ってしまったらしいのだ。 たまたまだが、ほとんど隣り合うような形で緊急停車したこのバンを含む二台は、このまま利府に向かって行くこと、そして海側からはすこしでも離れて内陸部を行こうということで意見が一致して、余震の収まった三時少し過ぎには動き出した。しかし彼らを待ち受けていたのは交差点ごとに段々ひどくなる渋滞だったという。 この白いバンがすんでのところで津波に飲まれずに済んだのは、途中で道路の反対車線を逆走したり、明らかに民家、あるいは有刺鉄線で囲われたような私有地をまるでバリケード突破でもするようにして潜り抜けることができたからだという。やっていることは決して褒められたものではない。それはタカというその男の語り口ぶりで伝わってきた。 タカというその男が一番悔やんでいたのは、途中まで同乗していた女性を彼女の実家があるという荒浜近くで降ろしてしまったことだった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2012年03月16日 18時59分36秒
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