カテゴリ:🔴 C 【文化・歴史・宗教】
中国のブログに,中国人としては珍しく(失礼)、リーズナブルな意見が提出されている
中国と朝鮮における犬の肉を食べる習慣についてである このブログ主は、中国と朝鮮で好まれている犬の肉が国際的に非難の的になっているが 犬の肉だからといって非難されるのはおかしいと主張している 実は,私も,この意見には同調する 日本人が鯨やイルカの肉を食べる事も、西洋人にとっては、同じ事だろう 人間同士の肉を食べるというなら、同族だから、問題だが それ以外は、単なる習慣文化の違いに過ぎない ―――― ◇ ―――― 【中国ブログ】「犬肉祭り」は残酷? でもそもそも肉ってさ…… 【社会ニュース】 2013/06/25(火) 08:27 中国広西チワン族自治区の玉林市では6月21日前後の夏至の日、「狗肉節(犬肉祭り)」として飲食店で犬の肉を食べる風習がある。この風習は玉林では大事なものと考えられていて、大量の犬(報道によれば1万匹)が食用になり、人々は酒と旬の果物、ライチと共に味わうという。中国では各地で冬に犬の肉を食べる習慣があるが、これほど大々的に「祭り」となることが珍しいからか、今年、玉林の犬肉祭りは国内の動物愛護主義者たちの激しい非難を浴び、そのニュースがメディアを賑わせている。 そうした中、中国の男性ブロガー、劉遠挙氏が「犬肉食に反対する前に、そもそも肉について考えてみよう」との文章を公開した。 その内容を拾ってみる。 ***************************** 韓国人が犬肉を食べることが西洋人から「残忍」「野蛮」として非難を浴びているが、当の韓国人は「韓国の伝統文化であり、干渉されるべきことではない」と反論する。 「犬は人のパートナーであり、特別な存在だ」という人がいる。しかし、世界には牛を農業のパートナーとしている人々だっている。「パートナー」だということは、例えば犬肉を食べることについて、ある一部分の人々の行為を阻止する理由になるのだろうか? そもそも、肉を食べるということは、犬の肉だろうが、鶏肉だろうが残酷なのだ。人間もライオンやトラと変わらない。ただ違うのは、人がコストを考えて食べる肉を選んでいるという点。結局、どんな形になっても反対する人というのはいて、例えば技術が進歩して肉が完全に工場で生産されるようになっても同様だろう。 ***************************** 犬の肉を食べることを批判するのは、「単純すぎる」という考えによる文章だ。 中国人自身が犬肉食に反感を抱くようになっている。それは中国人が犬を「ペット」として、「ややゆとりのある生活」をおくれるようになったためだろう。「犬肉祭り」の郷では、当局が「食用になる犬は農家が飼育したもので、ペットではない」と釈明している。これまでの伝統をいきなり「野蛮」と批判されても、受け止めようがないというものだろう。 中国社会は非常にアンバランスな状態だ。西側諸国の価値観がインターネットなどを通じて断片的に入り込み、今、必死に「マナーよくあること」や「科学的であること」を目指している。「飲食店で食べ残すな」「ごみをポイ捨てするな」と、当局の指示により、従来の価値観がいきなり覆されることだってある。ただ、最近になって国連の機関が食糧問題対策のひとつとして「昆虫食」を推奨するなど、世界の「普遍的な価値観」がさらに裏返る可能性もあるのだ。犬の肉を食べるかどうかは、外圧によって決めるのではなく、中国人自身が選ぶべきことだろう。(編集担当:古川弥生) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2014.11.05 20:01:35
コメント(0) | コメントを書く
[🔴 C 【文化・歴史・宗教】] カテゴリの最新記事
|
|