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【言語】 「フランス語の数詞について」 ・ 松田 孝江 「フランス語の数詞について」『大妻女子大学紀要(文系)』27巻,1995年.19--32頁. 私は昔、ベトナム戦争中のサイゴン(今のホーチミン)に駐在していた ベトナムは旧フランス領である 知人の紹介で、美人でグラマーなフランス女性にフランス語を習った 容貌はマリー・ピエールスそっくりだったが 身体の方は、もっとヴォリュームがあるいわゆるグラマーだった こんな美人がなぜ独身のまま戦乱のサイゴンに住んでいるのか? その理由がよくわからなかったが 今でも後悔しているのだが、そのころの私は 夜になるとサイゴンの歓楽街に出かけて 戦闘から帰還したばかりの米兵で一杯のバーで ミニスカートの小麦色の肌のサイゴン美人のホステス達と話すのが大好きだった 時にはそのサイゴン美人たちのお身体と対話するのも好きだったが(オイオイ) そのために、美人でグラマーな先生とのせっかくのフランス語の授業の 予習をさぼりがち その結果、授業がつらくなって、いつの間にか、そのレッスンもやめてしまった 当時の私は女性経験にも乏しく グラマーな先生のこぼれそうな胸と豊かな腰を正視できなかった ある時など、日曜日の午後、輝く日差しが差し込む室内で 向かい合ってレッスンを始めようとする先生は シャワーを浴びた直後らしく 未だ湿り気のある髪をアップにしてまとめ 薄いドレス越しに脚を組んだ薔薇色の肉体が匂い立つようだった 後である機会にある女性にその話をすると 女性が男性と二人のなる時にシャワーやバスの直後、と言う状況は その女性が、私はその気ですよと、誘っているのだ!!という そうだったのかもしれない(涙) いや、きっとそうに違いない!! あの時、もう少し私のこの強すぎる理性が緩んでいたら フランス語もその他の・・・事などもいろいろ学べたかもしれない しかし、私には、超堅物だった母親のDNAが流れていて(涙) もし、それさえなければ 昔はハンサムと言われていた私には、もっと放埓な いや、もっと、楽しい、女性関係が構築できたかもしれない 後悔先に立たず 今は思い出すたびに悔しさと後悔で毎晩枕を濡らしている それは横に置いておいて・・・ フランス語を習っていて納得がいかなかったのは フランス語の数字の表現である 英語も、10以降20までの数字を teen と言う変則部分がある画像 フランス語は、もっと偏屈である なんと、20進法が入り込んでいるのである その詳細はこの記事の中で述べられているのだが あのグラマーな先生にこの疑問を聞いてみるのだった そうしたら、あのグラマーな先生が 「それはとても複雑で歴史的な背景があって 今、ここでは簡単に説明しきれない事なのよ レッスンの後でベッドでゆっくり ていねいに 教えてあげるわ」 と言ってくれたかもしれないのだ と、どうしても、私の妄想は限りないのだが・・・ この記事を読むと、ケルト・ローマ、それにバスク・・・ 欧州の印欧語の祖語にまでさかのぼる深い幅広い無限の背景がある これはやはり、ベッドの授業でないと(オイオイ) ―― 記事 ―― #2491. フランス語にみられる20進法の起源説[french][latin][celtic][old_norse][numeral][contact][substratum_theory] 2016-02-21 「#2473. フランス語にみられる20進法の残滓」 ([2016-02-03-1]),「#2474. 数字における「底の原理」」 ([2016-02-04-1]),「#2477. 英語にみられる20進法の残滓」 ([2016-02-07-1]) で,フランス語と英語などの記数法について考えた. 今回は,先の記事でも少し触れたフランス語の20進法の起源(説)に関する話題である. フランス語では,10 (dix), 20 (vingt), 30 (trente), 40 (quarante), 50 (cinquante), 60 (soixante) までは各々ある程度独立した形態を示すが,70は soixante-dix (60+10),80は quatre-vingts (4x20),90は quatre-vingt-dix (4x20+10) というややこしい作りである.また,61から79までの端数,81から99までの端数は,例えば79の soixante-dix-neuf (60+10+9) や99の quatre-vingt-dix-neuf (80+10+9) のように,一層ややこしい.端数の足し算にせよ,80を表わす表現にせよ,背後に20を単位とした考え方,すなわち20進法が潜んでいるということになる.フランス語の数詞体系は,10進法と20進法の混在とみなすことができそうだ. しかし,上記はあくまで現代標準フランス語における数詞体系の記述であって,歴史的に固定していたわけではないし,現在でもフランス語諸変種を見渡せば異なる記数法が見いだされる.まず歴史を振り返ると,842年の『ストラスブールの誓約書』に始まる最初期のフランス語から数世紀の間,すでに20進法に基づく記数法が用いられていたようだ.12世紀には,quatre-vins (80) が見られたし,中世の北フランスのオイール語では dis huit vins (360) などの大きな数にも20進法が利用されている.一方で,ラテン語に由来する10進法を用いた setante, septante (70); oitante, uitante, octante (80); nonante (90) も併用されていたことに注意が必要である.この併用状態は,1539年の「ヴィレール=コトレの勅令」以降少しずつ整理されていったが,その整理の仕方は必ずしも一貫したものではなかった.識者の間で議論はあったようだが,17世紀には常識的には自然なものと思われそうな septante, octante, nonante は捨てられ,現行のものにほぼ落ち着いた. 一方,南仏のオック語,ベルギーのフランス語,スイスのフランス語など周辺の変種では,伝統のある quatre-vingts こそ採用されたものの,10進法に基づく septante と nonante が,soixante-dix と quatre-vingt-dix に対して勝利し,標準的な記数法として定着している.これらの変種での septante, octante, nonante の使用について,松田 (28) は Douzat の興味深い発言として次の文を引いている.「これらの数字はフランスの南部,東部,スイスのフランス語地域,ベルギーのような,もっともラテン語化され,ゴール語の基層浸透の最も少ない地域にしか定着していない.」 さて,フランス語に見られる20進法の記数法のそもそもの起源についてはどうだろうか.フランス語史のほぼ初めから例証されるものであるから,さらに前の時代に遡らなければならないだろう.松田 (27) は,バスク語,ブルトン語,デンマーク語に20進法の記数法が観察されることを述べた後で,次のように議論している. このようにみてくると,20進法はフランス語に特有のものではなく,ヨーロッパの西部に今でも残る現象であることがわかる。ところでこうした環境の中にあって,祖語のラテン語にはない20進法を,フランス語はどこからとり入れたのだろうか。quatre-vingts や soixante-dix は,ヴァルトブルクやニュロップが12世紀に初出としているのであるが,実際にはそれよりかなり前から人口にのぼっていたはずである。その起源について,学者たちの意見はほぼ一致している。ローマ人がガリアの地に侵入する以前の住先民族ケルト人がもたらしたものとする説である。いくつかの部族に分かれていたケルト民族の中には,確かに20進法を採用していた部族もいた。特にウェールズのケルト人については,非常に古い写木によって確認されているという。しかしその昔ガリア地方にいたケルト人に関する資料は残っていない。それゆえ,フランス人の祖先であるガロ=ロマン人にケルト人から数詞が伝わったことを換証することは今のところ不可能なのである。ケルト起源説以外には,ロマンス語文献学者として知られているロールフス G. Rohlfs によるノルマン起源説がある。ヴァイキングと呼ばれたノルマン人は,紀元800年頃英仏海峡に出没しはじめたが,彼らの原住地はスカンディナヴィアとデンマークであった。彼らは,911年にシャルル3世との間で交わした取り決めによって,現在ノルマンディー地方と呼ばれている地域に定住した。Marcel Cohen によれば,ノルマンディー地方のカルヴァドス県の町 Bayeux には,12世紀までデンマーク語が残っていたという。定住後のノルマン人は,1066年にイギリスに攻め込むのであるが,同じ頃その一部はイタリア南部とシチリア島に向かい,サラセン人を駆遂してここにもノルマン王国を建設した。現在の南部イタリアやシチリアの方言に20進法がみられることを文法家たちは指摘している。フランス語の20進法がどこから来たかについて,ケルト説,ノルマン説のどちらをとるにせよ,問題はフランス語の誕生以前にさかのぼることであり,検証は困難なようである。
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