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日本語を職業にする外国人だからこそ分かる「日本語の奥深さ」と「文章の極意」 2021年10月22日(金)10時41分 ニューズウィーク日本版編集部 <日本でプロの物書きとして活躍するパックン、マライ・メントライン、カン・ハンナ、石野シャハランはいかにして日本語をマスターしたのか、文章術の秘密を座談会で公開。本誌「世界に学ぶ至高の文章術」特集より> 「言葉の達人」である アメリカ出身のパックン、 ドイツ出身のマライ・メントライン、 韓国出身のカン・ハンナ、 イラン出身の石野シャハラン。 彼らに日本語の難しさや特徴、目標とするライター、面白い文章を書くコツなどをオンラインで語ってもらった(構成は本誌編集部。本記事は「世界に学ぶ至高の文章術」特集掲載の座談会記事の拡大版・前編です)。 ◇ ◇ ◇ パックン まず、それぞれ何年ぐらい日本にいるのか教えてください。僕はたぶん一番先輩で、28年。あと2年で三十路を迎えます。 シャハラン 10月で19年になります。 マライ 今月で14年目になります。 ハンナ 私は10年。 パックン じゃあ、自分がちゃんと日本語をしゃべれると思ったのは、来日して何年ですか? シャハラン 私の場合は、しゃべれなかったら、たぶん環境的に生きていけなかった。 パックン 良いツカミですねぇ~。どういう環境ですか? シャハラン 半年以内に、何としてもしゃべれるようにならないといけなかった。東海大学の日本語研修課程で勉強していたんですよ。でも、決まった期間で学部生に進学しないといけない。ダメだったら国に帰るか、専門学校や日本語学校に行くしかなかった。 パックン 半年ぐらいで、授業についていける程度の日本語力が身に付いたんですか? すごいですね。地方に行くのは日本語を早く身に付ける秘訣というか、コツですよね。マライさんは(留学した大学は)東京だったでしょ? マライ そうですね。といっても、最初に日本に来たのは16歳の時、1999年で。だからシャハランさんと似たような状況でメチャクチャ共感します。まだネットがそんなにアクセスできない時期でしたし、ネット辞書も全然ない。すごく薄い旅行者向けポケット辞書だけで日本に来て、姫路の田舎のほうの高校に通いました。外国人は1人もいない。関西弁ですし、日本語とはちがう言葉をみんな話している感じでした。 パックン じゃあ、難なく生活できるようになるのは、何カ月目ですか? マライ 半年ですね。 パックン おお、やっぱり。 マライ もちろんもっと早くいろいろ分かるようにはなるんですよね。この状況では、こうとしか言わないだろう、となんとなく分かるようにはなる。 パックン 文脈ですよね!察するのは大事ですよね。 マライ もう、空気を読むマイスターになりましたね、本当に。 パックン ドイツのマイスター制度ですね。なぜその質問をしたのかと言うと、僕も半年くらいで、何とか生活できる程度の日本語を身につけて、2年ちょっとで、日本語検定一級を取ったんですよ。オレすげえな! と思ったんですが、試験会場で近くの人に聞いたら、10か月で取ろうとしていると。その人は韓国人だったんですよ。だから最後に、ハンナさんにわれわれの自慢を、ぶっ壊していただきたくて。 助詞という鬼門 ハンナ 流れがヤバイ(笑)。私はちゃんと日本語学校とかで習ってなくて、100%独学で、2カ月で喋れるようになりました。 パックン 凄いなあ。 ハンナ 全く日本語がしゃべれなかったんですけど、スカウトされてラジオが決まっちゃったんですよ。 パックン しゃべれないのにラジオが決まるの? いいなあ、そういう事務所入りたいなあ。 ハンナ 一人でしゃべるラジオをやらせていただきまして。ゆっくり文法を理解していくひまもなく、毎日1日20時間、1人で台本を丸ごと暗記をして。そしたら、2カ月ぐらいでしゃべれるってなりましたね。 パックン 読み書きはどれくらいで? ハンナ 韓国人の特徴ですけれど、自分もけっこうハングリー精神が強い。なので日本で大学院を受験するぞ、と決めて、そこから独学で論文とか先行研究を読んで、受かったという流れですね。 パックン ほら、僕ら西洋人、全然大したことないじゃん。 ハンナ いえ、そんなことはないですよ。 パックン それぞれの母国語の特徴もふまえて、日本語をしゃべる段階、書く段階で引っ掛かったところはどこですか? マライ 助詞。 パックン やっぱり。 マライ 今も、引っ掛かりまくってますけどね(笑)。だって、「は」と「が」の違いの研究書があるぐらいですよね。大学で学んだりもしたんですけど、一般的なルールを遥かに超えてディープな世界だと思う。どういう時は「は」で「が」なのかっていうのが、分からない。 パックン あれは全部、意地悪なんです。あと編集者は、仕事をしたくて助詞を変えてるだけ。ホントは放っておいていいはずなんです。あと、僕にとっては受動態と丁寧語が重なるところがけっこうネック。いつもどっちかな、と思うんですよ。「食べられますか」と聞かれると「オレを食わないでくださいよ!」みたいな。日本人は聞き分けることができるんだけど、僕はいまだに引っかかる。あとは、同音異義語。「汚職事件」と「お食事券」、どっちなんだだって。 マライ 「病院」と「美容院」みたいな? 日本語は省略しないと気持ち悪い パックン そうそう。ハンナさんはどうですか。引っ掛かったところ。 ハンナ やっぱり文法的に、韓国語と日本語が近くて「が」とか「は」とか、私たちも一緒なんですよ。でも例外があって、一番初めに韓国人がよくミスするところですけど、「これが好きです」の「が」が、韓国語だと「を」になるんですね。「あ、そうなんだ」と言いつつ、私は「あなたを好きです」ってよく言ってた。 パックン いや、「あなた『を』好きです」って言われた人が、「いやいや、『が』だよ」とか言ってきたら、好きでなくなるね。 一同 (笑) パックン もう好いていただければ嬉しいですよ。どんな文法でも。 シャハラン たしかに。そこに文法はいらない。 パックン そんな男とは別れなさい(笑)じゃあ今度は文章の日本語。みなさん、きれいな文章書けるようになるには、相当苦労したんじゃないかと思うんですけど、母国語で文章を書くのと、日本語で書くのと、何が違うのか教えてください。じゃあ、マライさんから。 マライ やっぱり、文法的なところ。ドイツ語も英語もそうだと思いますけど、省略できない部分がある。例えば、ちゃんと主語を入れて書く。通訳の仕事でも、日本人側が主語をけっこう端折って言ったりしていて、こっちで補わないといけない。複数形か単数形か、とかも。そういうのが全部そろってないと文章が成り立たないのがドイツ語で、ある意味すごく面倒くさい言語なんです。 パックン でも日本語で書くときは、それを省略しないと、すごく気持ち悪い文章になるんですよね。 マライ そうなんですよ。だから例えば、ドイツ文学を日本語に訳すときに、相当変えないと読みづらい。「なんでそんなはっきり全部書くんだ?研究書かよ」みたいになる。私は、文が長ったらしいってよく言われます。やっぱり日本語で書くときは、もっと省略した方がいいかもって、もう一回読み直したりします。 パックン ああ、そうなんだ。 パートナーに見てもらうという方法 マライ 「ここ全然短くできるよね」って言われる。「ドイツ人としては、ここがすごく言いたいんだけど......」と思っても、「いや、いらないから」みたいなことはよくありますね。 パックン 誰に編集されるんですか? マライ もちろん、そのときどきの編集担当の方ですけど、うちの(日本人の)夫は、すごく文章が上手い人で、彼にも絶対見せますね。「長いわ」ってなります。 パックン 僕も、今はそこまでじゃないですけど、以前はけっこう妻に見てもらっていて。「長いわ」は、まあ我慢できるんですけど、「面白くない」って言われると、一番傷つくんです。 一同 (笑) パックン 「親しき仲にも礼儀あり」って知らないのか!って、いつも奥さんに思うんですけどね。シャハランさんはどうですか? 苦労した点。 シャハラン 翻訳の仕事をやるときもあるので、マライさんと同じ問題があるんです。ペルシア語は日本語で1行で書くところが2、3行になる。 マライ ペルシャ語はなんか長いらしいですね。 シャハラン 漢字の特色なのかもしれない。漢字の言葉はペルシア語にそのまま訳せず、意味を明確にしないといけないときがあります。あとは、明文化された(書き言葉の)ルールがペルシア語にはあるので、そういうのも苦労しますね。 パックン 日本のプロの通訳の方って、空気を読んで相手側言ってないことでも足したりしない? 少なくとも英語の場合、それが多い。そういう「社会の潤滑油」になるような言葉が、日本語で暮らす上で欠かせないスキルだと思うんですよね。相手はこう思っているのだろう、という深読み。読者が深読みしていることを念頭に入れないと、しつこい文章を書くようになるんですよね。英語だと、はっきりと長々と書いてもいいけど、日本語では省略しないと、しつこく感じると思います。ハンナさんはどう思われますか? ハンナ 私は短歌をやっておりまして、千四百年の歴史のなかで、母国語話者ではない、唯一の歌人としてデビューをして、新人賞も受賞させていただいていて。 マライ かっこいい! ハンナ ありがとうございます。短歌というと伝えづらい、難しいところから日本語を学び始めたので、逆に論文の日本語って、意外とそこまで難しくなかったんです。余計な言葉を全部引いて、リズムに合わせて31文字をやりなさい、って言われて短歌を作り続けたので、鍛えられましたね。パックンの言う「うるさくない言葉」っていうことの大切さをすごく極められたというか。でも最初はやっぱり全く伝わらないんですよ、31文字しかないから。そこをすごく苦労しながらやってきました。 分かりやすさの判定法 パックン なるほどね。簡潔な文章の「極み」が、短歌とか俳句ですよね。日本人にチェックされたときに、納得いかない、これ絶対このままがいい! っていう、自分のこだわりってありますか? ハンナ 私はメッチャありますね。短歌を作ったら、まず日本の方々に読んでもらって、伝わっているか確認するんですね。そのときにマネジャーさんから、「伝わらない」って言われて口げんかしたりします。 パックン もうマネジャーチェック、しなくていもいいんじゃない(笑) ハンナ でも基本的には、助詞の細かさ、ひとつの「が」を「は」に変えた瞬間に世界観が変わったりする所が短歌ではすごく大事なので、そこは素直に受け入れようとしてます。 パックン なるほど。マライさんとか、シャハランさんはどうなんですか? マライ 今のハンナさんの話、すごく分かるなあ。「伝わらないよ」って言われると、けっこうムカつくかも。あなた自身の日本語的にはそれがベストじゃないのかもしれないけど、正解があるわけではない。新しい日本語あっていいと思うんですよ、私は。 ハンナ メッチャ共感します。マライさん。 マライ ありがとうございます。私はドイツ人なので、いくら日本語を勉強したって、母語話者にはかなわない部分は絶対あるはずですよね。語彙も表現も。だったら、あえてそこを目指さずに、自分の日本語を作って、楽しいなあって思う日本語を書いた方がいいんじゃないかなあ。日本人の読者に対しても言いたいんですけど、正しい日本語を目指すだけではなく、自分の日本語、自分ならではの表現、って絶対あるはず。そっちでいった方がいいんじゃないかなって、ちょっと開き直っています。 パックン それいいっすね。僕は日本語覚えたてのころは、なんで「ムカムカ」と「ムラムラ」は違うのか、音はほとんど一緒で、どっちでもいいじゃん! って思っていたころもあって。正しい擬音が思い浮かばないときは、適当に「いやあ、今日はちょっと、ちょぼちょぼしてて!」とかに作ってた。まあ、通じないときは通じないですね。でも僕は、日本人に合わせていいかな、とこの数年でまた思うようになってきたんですよ。50歳で、少し丸くなったかもしれないですけど。シャハランさんはどうなんですか? シャハラン あまり知らない人に見せて、「ダメでしょ」と言われたら、私もムカつくんですけど、でもほぼ毎日一緒にいる妻に言われると、「ま、そうですね」って言うしかないときは多いです。私はペルシア語も自分の娘に教えているので、言葉についていっぱい妻としゃべるんですよ。 パックン 素直に「かしこまりました」と。 シャハラン そうです。でも、完全に合わせると言うよりは、「停戦」ですね。戦って、これでオッケーにしましょう、みたいな感じ。 しゃべり口調と口ぐせを取り入れる パックン いいね。今までは、主に言語の違いに基づいて話しましたけど、次は、自分の文章のこだわりポイントとか、読みたくなるような、ちゃんと伝わるような文章を書くときに心がけていることを教えていただけますか。 シャハラン 私は日本国籍を取っても、とにかく外国人なんですよね。外国人である私が読んで分かりやすいかどうかをすごく気にしします。読み直して書き直しての繰り返しがメチャクチャ多いですね。 パックン 読みやすいか、伝わりやすいかどうかは、どうやって確認するんですか? シャハラン まず私の妻が理解していなければ、他の人も理解していないと判断しています。一緒にいる人が理解できないなら、第三者はなおさら理解できないじゃないですか。そして文章を私自身がそこにいて、話をしているようにイメージしてもらいたいと考えて書いてます。 パックン シャハランさんはたしかに、しゃべり口調にちょっと近い文章だなあと思うんです。「私が日本人に対して持つ印象の中で、トップ3に入るもののひとつが~」。このニューズウィークのTokyo Eyeのコラムの書き出しも、ちゃんと「私『が』」っていう口癖からスタートしている。シャハランさんがその場に立って、しゃべっているのが少し聞こえてくるようです。いいですね。じゃあ、ハンナさんは? ハンナ 私の場合は、研究者としての堅いコラムから、短歌とかエッセイのやわらかい文学的な文章まで、書く文章の幅がけっこう広くて。論文とか研究に関してはシャハランさんと一緒で、できるだけ分かりやすい文章で書こうと思っています。短歌とか、文学的なほうは、すごく勢いを大事にしてます。自分の心をさらけ出すっていうことを、まず考える。ネイティブの言葉遣いや文法やを一旦忘れるんですよ。下手でも間違ってもいい。とにかく心の中を言語化する作業を先にする。分量も考えずにワーッっと書く。そこから作り直す。 パックン いやでも、たしかに、英語でもmuse(ミューズ)って言いますよね。 マライ 何か文章の女神が降りてくるみたいな? パックン そう。芸術の女神が降臨してバーッと書く、その作業、メッチャ気持ちいいですよね。 ハンナ ねー。気持ちいいですよね。 パックン で、削っていいところだけ残して。その前に締め切りが来て、「バーッ」と書いたものだけ出すっていう日も、けっこうあるけどね。 女子高生とジャーナリスト パックン マライさんは、何にこだわってるんですか? マライ リズムとノリかな。 一同 おー。 マライ 自分が言いたいことをノリ良く書きたいんですよね。例えばマンガやアニメからもよくインスピレーションを得てます。好きなのが、ちょっとお下品なやつで、古谷実さんの『行け!稲中卓球部』ていうマンガ。「楽しいな」「これは意外だな」とか「こういう表現したら面白いかも」ていうノリで書いてるので、「スゲー」みたいな男言葉を入れたりもします。 あとはリズムですよね。ちゃんとメッセージも伝えたいので、ノリの良い強い表現に全てが引っ張られないようにしたい。そこでその後に漢字を多く使うちゃんとした文章を使ったりとかして、リズムを作り、可能な限り読みやすい文章にはしたいと思ってます。 パックン 僕はマライさんのツイッターもフォローしてるし、同じライングループでけっこうやりとりしてるんですけど、ホントに女子高生のような口調と、ジャーナリストの口調を、上手い具合に混ぜて、面白い文章になってますよね。 (座談会後編<「君は私の肝臓!」愛の言葉にもテンプレがある日本語をもっと自由に>に続く)。 座談会参加者プロフィール: パックン(パトリック・ハーラン) 米コロラド州出身のコラムニスト、タレント。ハーバード大学を卒業後に来日。1997年、吉田眞とお笑いコンビ・パックンマックンを結成し人気を博し、その後多くの番組にレギュラー出演。近著の『逆境力』(SBクリエイティブ)ほか著書多数。 マライ・メントライン ドイツ北部キール出身。高校時代、大学時代にそれぞれ日本に留学した後、2008年に3度目の来日。NHKドイツ語講座などのテレビ出演、独テレビ局プロデューサー、翻訳、通訳、執筆など幅広く活動する。自称「職業はドイツ人」。 カン・ハンナ 韓国ソウル出身。タレント・歌人・国際文化研究者。2011年に来日し、20年に初の歌集『まだまだです』(KADOKAWA)で現代短歌新人賞を受賞。最近はビーガン・コスメブランドを立ち上げるなど、多方面で活躍している。横浜国立大学大学院博士課程在学中。 石野シャハラン 1980年イラン・テヘラン生まれ。2002年に留学のため来日、15年日本国籍取得。異文化コミュニケーションアドバイザー。シャハランコンサルティング代表。YouTube(番組名「イラン出身シャハランの『言いたい放題』」)でも活動中。Twitter:@IshinoShahran <2021年10月26日号「世界に学ぶ至高の文章術」特集より>
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最終更新日
2021.12.12 06:24:49
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