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歩行と健康
歩く速さは健康に長生きできるかどうかのサイン、保つ秘訣とは 衰えた歩行の改善にはテクニックも必要、行動は何歳でも「今始めるのがベスト」 2023.12.11 NATIONAL GEOGRAPHIC 高齢者に対する専門家からの重要な助言の1つは「動くのをやめないこと」だ。 歩くことは単純な行動のように思えるかもしれないが、実はそうではない。 米カリフォルニア・パシフィック医療センター研究所の科学部長である疫学者のペギー・コーソン氏はそう説明する。 歩行は驚くほど複雑な行動であり、高齢者の生活の質をどうすれば高められるか探し求める研究者たちを困惑させ続けている。 「理由はまだわかりませんが、歩く速さは死亡リスクと関連しているのです」と氏は言う。 歩行速度を維持できる人は長生きする可能性が高いのだ。 それだけではない。こういう人は、より健康な状態で長生きする可能性が高いという。 米国立老化研究所(NIA)によれば、移動能力の低下は高齢者が自立した生活を送れなくなる主な理由の1つだ。 また、認知機能の低下とも密接な関係があるという研究もある。 この10年ほどで、歩く速さは体温、血圧、脈拍、呼吸数、酸素飽和度などと並ぶ「第6のバイタルサイン(生命兆候)」として注目されるようになった。 歩行速度から、その人がどのような健康問題を抱えることになるかを、幅広く予測できることが明らかになったからだ。 83歳のこの女性は毎日1マイル(約1600m)泳いでいる。 彼女が年齢を重ねても体が動く状態を保っていられるのは、この習慣のおかげだ。 高齢者が、より健康で自立した生活を維持するためには、移動能力がカギとなる。 どれだけよく動けるかを見ることで、幅広い健康問題を予想することができる。 「歩行には身体のあらゆるシステムが関わっています」と、米ピッツバーグ大学の理学療法学教授であるジェシー・バンスウェアリンゲン氏は言う。 通常の診察で何の異変も見つからなくても、歩き方に変化が見られるなら、そう遠くないうちに何らかの診断が下されることになるかもしれない。 NIAによると、私たちが活動的でいるためには、 それぞれ 持久力、 筋力、 バランス、 柔軟性 に効く4種類の運動が必要だという。 けれども、それは始まりにすぎない。 「運動は大切ですが、すべての問題を解決する万能薬ではありません」とコーソン氏は言う。 さらに、そこへ脳がどのように関わっているかについてもわかっていないことが多いと、米ハーバード大学医学大学院と米ベス・イスラエル・ディーコネス医療センターの助教で、ヘブライ・シニアライフ・マーカス老化研究所のオンイー・ロー氏は指摘する。 「筋肉にはまったく問題がないのに、動いてくださいと言っても動けない患者さんを大勢見てきました」と氏は言う。 では、幼児期からどんどん遠ざかってゆく私たちは、移動能力を保つために何をすればよいのだろうか? いくつかのアイデアを紹介しよう。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 動くのをやめない 最もやってはいけないことは動くのをやめることだ、という点で専門家の意見は一致している。 「影響はすぐに感じられます」と、米スポーツジム、イオス・フィットネスの教育担当ディレクターであるピート・マッコール氏は言う。 何時間も座りっぱなしでいれば体じゅうが痛くなるし、 手をよく使う日は関節炎があまり気にならない。 私たちの体は動くことを求めているのだ。 「とはいえ、毎回クタクタになるまでトレーニングをする必要はありません」と氏は言う。 氏は米国運動協議会のウェブサイトで、 背骨、腰、足首を柔軟にするための簡単な日課を紹介している。 「歯磨きのようなものです。 1日か2日サボると、自分でも違いがわかります」 氏は、トレーニングの前後や、軽い運動をして疲労回復を促すアクティブリカバリーの日に、 腰を回す動きや、片膝をついて反対側の腕を伸ばして上半身をひねる動きなどを取り入れている。 これでも十分難しいという人に対しては、 マッコール氏は自分の80歳の父親にするのと同じ助言をする。 歩いて、ヨガをすることだ。 「ネコとウシのポーズ」や「戦士のポーズ」は、 背骨を意識することができる。 (参考記事:「1日3回、1~2分間活発に動くだけで死亡リスクが4割減、研究」) けがをしている人も、水泳やサイクリングなど、自分に合った活動を見つけてみよう。 「自分にできる運動なら何でもいいのです」とロー氏は言う。 4歳の子をもつ働く母親であるロー氏の場合、それは子どもを追いかけ回すことだという。 あなたはピックルボール(テニス、バドミントン、卓球をかけ合わせたようなスポーツ)に興味があるだろうか? 社交ダンスは? ピッツバーグ大学の理学療法学教授であるジェニファー・ブラック氏は、 「新しいスキルを身につけることを怖がらないでください」と話す。 「自分が楽しめるプログラムを見つけることで、それを続けることができます」 上手に歩くための訓練 しかし、衰えはじめた歩行を本当に改善しようと思ったら、アスリートのように考える必要がある。 テニスをしたいがバックハンドが苦手だとしよう。 その場合、漫然とテニスをしていてもバックハンドの問題は解決しないので、 テクニックを磨く必要があるとバンスウェアリンゲン氏は言う。 歩行も同じだ。 トレッドミル(ウォーキングマシン)は歩行の仕方を教えてくれる。 「トレッドミルに乗ると足が後ろに引かれるので、前に踏み出すことができます」と氏は言う。 速度を変えて歩いてみて、快適な速度を見つけるのも簡単だ。 氏によれば、ほとんどの人にとって快適な速度は秒速1.3m(時速約4.7km)ほどだという。 適応力を鍛えるために、氏はときどき 1分間だけ速度を10%上げることを推奨する。 (参考記事:「アーチ形に進化した人間の足、新たな秘密を解明」) バンスウェアリンゲン氏は、 どんな表面を歩くときにも 「足から歩き始める」ようにと 言う。 「足を持ち上げて前に置く」と考えるのではなく、 足を使って地面を後ろに押しのけるのだ。 転びたくないなら、下を向いてはいけない。 「脳は、自分が見ている方に行きたがっていると思い込んでしまうからです」 ピッツバーグ大学が高齢者向けに開発した12週間の歩行訓練教室「オン・ザ・ムーブ」は、 このアプローチを基本としている。 この教室では、典型的なフィットネス教室が目標に掲げる筋力や持久力ではなく、筋肉を動かすタイミングとその協調に重点を置いている。 例えば、歩きだすときには体重を後ろや横に微妙に移動させなければならない。 「私たちのエクササイズの多くは、一歩下がるところから始まります。 そうして後ろ足に体重を乗せたら、それを押して前に踏み出すことができるのです」 とブラック氏。 こうした方法を使って上手に歩けるようになれば、 体重が減ったり血圧が下がったりと、 さらなるメリットが期待できる。 次ページ:脳を活性化させる 脳を活性化させる 結局のところ、体のすべてを司っている部位は脳なのだ。 移動能力を保とうとするなら、そのことを忘れないでほしい。 コーソン氏は太極拳の効果に注目している。 太極拳は バランスを改善し、転倒のリスクを減らすことが示されている。 科学者たちは、 それが太極拳が肉体に及ぼす効果なのか、 それとも一連の動作を学ぶという認知的な負荷による効果なのか を調べている。 2023年10月31日付で医学誌「Annals of Internal Medicine」に掲載された研究は、 「認知機能強化型」太極拳の効果を示している。 太極拳と同時に頭の体操(単語を後ろから前に綴るなど)をした参加者は、 通常の太極拳やストレッチをした参加者よりも認知機能テストの結果が良かったのだ。 (参考記事:「脳にとって「最高の刺激」とは何か、脳の劣化を防ぐ秘訣」) 認知症の予防法を見つけることができればすばらしいとロー氏は言う。 氏によると、一般の高齢者の30%が転倒の経験があるのに対し、 認知症の人では半数が転倒を経験しているという。 太極拳のほかにも、 体に傷をつけない方法での脳刺激など、 移動能力の改善に役立つ可能性がある有望な介入方法はいくつもある。 多くの高齢者は、推奨されている運動の内容を知っているが、 実践しないとロー氏は言う。 そこで氏は、 行動カウンセリングを、 意欲や実行機能(目標を達成するために思考や行動を制御する能力)に関係する脳領域への電気刺激と組み合わせるとどうなるか を研究している。 電気刺激を受けた参加者は、 受けなかった人たちに比べて平均歩数が増え、 数カ月後も維持しているという。 現在進行中の別の研究では、 脳刺激を利用して 高齢者の不安定な歩行の改善を試みる予定だ。 ロー氏は音楽療法士と協力して 音楽刺激の実験も行っている。 「認知症やパーキンソン病の高齢者は、 自分から動きだすことができなくても、 音楽をかけると、 それに従うことができるのです」 と氏は言う。 今すぐ計画を立てよう では、移動能力を保つために何かをするには、いつ始めればいいのだろうか? 歩行に問題が出てくる時期は、明確には決まっていない。 「あなたが何歳であっても、最大限に活動的であるべきです」 とコーソン氏は言う。 氏によると、20歳から30歳にかけて健康だった人々は、 将来、加齢に伴う変化に対応しやすいという。 「今始めるのがベストです。 次に良いのは明日始めることです」 自分の移動能力について考えることが重要になるのは、 住む場所を決めるときだ。 引っ越すなら平屋か、 高層のビルか? 建物にエレベーターは付いているだろうか? 「家を買うときに、将来、スロープが欲しくなるかもしれないなどとは想像しにくいものです」 とコーソン氏は言う。 けれども、移動しやすい家であるかどうかで、 高齢になってからの暮らしやすさに大きな違いが出てくる。 家の外の環境も同じくらい重要だ。 「歩道がよく整備されていて、 治安が良い地域に住んでいれば、 散歩に出かけたくなるものです」 とブラック氏は言う。 歩いて用事を済ませられる地域も、 高齢者の移動能力を保つのに良い。 バンスウェアリンゲン氏は、 自分の気持ちや考えに 注意を払うことを勧める。 例えば、 椅子から立ち上がって部屋を横切る必要があるとする。 理想は、何も考えずにそれができることだ。 手順を考えていたとしたら、それは危険信号だ。 「そのような考えが頭をよぎったら、 そろそろ手を打つべき時ですね」 特集ギャラリー:健康長寿 科学で老化を止められるか 写真と図解21点 特集ギャラリー:健康長寿 科学で老化を止められるか 写真と図解21点
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