|
カテゴリ:小説・コミック...文系ですか?
今日は昨日の続きで、小説や映画の中の「叙述トリック」について。 結構この「叙述トリック」って好きなんですよね、私。 本格推理の中でやるには「ちょっと卑怯技かな?」とも思うんですけどね。 映画やドラマなんかでは、ほぼ100%不可能な仕掛けだし。 例えば、推理小説内の犯人らしき人物の独白。 文章では老若男女の判断はつきません。 ところが映像メディアでは声どころか凶器を持つ手の映像が出ただけでも、性別くらいはわかってしまいます。 小説では、読者が勝手に男だと思い込んでいた登場人物が、最後に女だった(あるいはその逆)と明かされるっていうようなパターンもあります。 本格推理としては、いくら布石が打ってあったとしても、私はこれがフェアに思えません。 尤も、そのテの推理ものでは、そういったトリックは事件の手がかりとは直接関係のないもの、最後に読者に「やられた!」と思わせるためだけものがほとんどですが... でもやはり読者にも、探偵役と同じだけの情報を与えてもらわないとフェアじゃない気がします。 登場人物全員がその人の性別を誤解しているのならともかくね。 でもそのアンフェアさを抜きにしても、上手く仕込まれた叙述トリックは面白いです。 あまりにも見事に騙されると、後味が爽やかなくらい... 私の絶対オススメ叙述トリック作品は、推理というよりは猟奇サスペンスと呼んだほうがいいのですが、我孫子武丸氏の長編小説「殺戮にいたる病」です。 犯人の名前ですら冒頭から明かされているにもかかわらず、最後に必ず「え、うそっ!?」と叫んでしまう究極の叙述トリックが仕掛けられています。 おかげで、強烈過ぎる殺人と死体損壊行為の描写や、その犯人の破滅の後味の悪さを洗い流してくれます。 にしても...我孫子武丸様! 「人形シリーズ」やゲームの「かまいたちの夜」もいいのですが、私としては「数字シリーズ」の復活を切望してやみません(『8の殺人』『0の殺人』『メビウス(∞)の殺人』ときたら、お次は『クラインの殺人』しかないですね。尤も、『クライン』は数字じゃないけど...)。 何卒、「速水三兄妹」とダイハード男「木下刑事」の復活を!!!(ちなみにドラマ化されたら、木下刑事役にはユースケ・サンタマリアしか考えられないw!) 最も心に残る叙述トリックは、田中芳樹氏の短編SF小説「銀環計画」です。 本筋とは関係なく、オマケのように軽く、しかしいい感じに仕掛けられているんですね。 FF-VIIIのドールにあるパブのマスターの日記にでてくる「あいつ」みたいなものですかね(そういやFF-VIIIの場合、『レイン』の息子が『スコール』ってとこからして、叙述というか、『名称トリック』でしたね。わざわざ指輪のライオンに名前を付けるのも、ラストバトルのための布石だったし)。 あぁぁぁぁ、私も桑山のような口の悪い同僚が欲しいなっ! 逆に映画やドラマ、漫画には「映像トリック」という、文章では99%仕掛けられない手法があります。 新しくは「綾辻行人・有栖川有栖/安楽椅子探偵シリーズ」や「金田一少年の事件簿」、古くは「特捜最前線」(← 古すぎw!)なんかであったものですが、漫画のコマや劇中のヴィデオ映像などの端に何気なく重大な証拠や手がかりが映り込んでいるというものです。 ダリオ・アルジェント監督のホラー映画「サスペリア2」の「廊下にかかっていたはずの不気味な絵」というのもそうでしたね。 また、悪役専門の有名俳優をキャスティングしておいて、実は悪役ではなかったという演出のトリックもあります。 あれ悩むんですよねw。 「こいつが悪役なら、ストレート過ぎる。が、そう思わせておいて、やっぱり裏の裏で、こいつが悪役なのかも?」ってな具合。 「文章では99%不可能」なら「残りの可能な1%とは何だ?」ということなのですが、それは「漢字(表意文字)の読み」を利用したトリックです。 同じ漢字を「音読み」「訓読み」「当て字読み」するかで、まったく文章の意味が違ってくるというものです。 一見、叙述トリックのようですが、単に「男だと思っていた人物が女だった」なんていうレヴェルではなく、根本的な状況そのものが違ってきます。 あまりうまい例ではありませんが、例えば「農夫は彼女の背後に忍び寄り~」なんてのがそうです。 この文章の「農夫」というのが「お百姓さん」を意味するのでなく、「みのお」という固有名詞だった場合、しかも性別が女性だった場合、さらに、この女性以外に農業に従事する人物が登場する場合、頭に思い浮かべたシーンそのものが違ってきます。 状況、つまり「読者が頭に思い浮かべる映像」にトリックが仕掛けられることになるわけです。 もっと具体的に作例を挙げると...ミステリーファンにあっては万死に価する重犯罪「ネタバレ」になるのでやめておきますw。 が、これはおそらく日本語の小説にしか応用できないでしょうね。 英語でも「カーペンター」などを使うと「大工」という職業と「カーペンター」という個人名で間違いを起こさせることは可能に見えます。 が、人名の場合、最初の“C”が大文字になるのでばれますし、大工の場合は“carpenter”の頭に“the”という冠詞がついてしまいますしね。 尤も、「カーペンター」が「大工」でなく「あだ名」だったとしたら、あだ名と名前、ともに大文字で始まっていてもOKでしょうが... 例えば、お互いをあだ名で呼び合っている何らかのグループの中に、大工仕事の引き受け役をしているために「カーペンター」という名で呼ばれているものがいて、彼とは別に、本名が「カーペンター」という人物がいる...とかね。 苦しいw。 私にとって一番究極なのは(『叙述トリック』ではなく、単なる『叙述的楽屋オチ』なのですが)、映画「バックドラフト」のワンシーン。 主人公のカート・ラッセルが酔っ払った挙句、映画を撮ってるカメラを指差し「あ、カメラだ! LIFEに載るぞ」と叫ぶシーンですね。 あれ、脚本段階から狙ってやったものなのか、カート・ラッセルのアドリブギャグだったのか? 映画の冒頭で子供時代の彼の弟の顔写真がLIFE誌に載ったという設定自体が「このギャグのための長ぁ~い布石だったのでは?」と疑いたくなってしまいますw。 でもあれはやっぱり、カート・ラッセル、本当に酔っ払ってやったアドリブなんだろうな... というわけで、今日はこれでおしまい! え? いつものオチがないって? わはははは! そりゃあなた、私の仕掛けた叙述トリックに、みごとにハマったってことですよ(笑)。 毎度オチがあるのは、半年がかりの私の罠だったんです。(← 嘘ばっかw!) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[小説・コミック...文系ですか?] カテゴリの最新記事
|