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カテゴリ:プラモデル・艦艇
さて、今年は早々にプラモの話載せようと思います。昨年は結局、ヨネスケに破壊された時以外、プラモの話しませんでしたし(汗)。 ↑指名手配写真 飛行機の墜落事故や大事故が起きたとき、「小さなミスの積み重ねの結果・・・」という言い方がされることがあります。 一つ一つのミスや失敗は、取るに足らない小さなものなのに、それが幾十にも積み重なった時、とてつもない大惨事となってしまう。そういうことはよくあります。 今回もプラモ、ドイツ戦艦ビスマルクの最後を見ると、小さなミスや失敗の連続によって、追い詰められていったことが見て取れます。 ビスマルク型戦艦は、ナチス・ドイツ海軍(Kriegsmarine「戦闘海軍」と言う意味になります)の新造戦艦でした。 5万5百トン(満載時)の巨大な船体に38cm砲を8門装備したビスマルクは、完成時世界最大の戦艦でした(基本排水量6万8千トンの、世界最大の戦艦大和が完成するのは、この14ヶ月後です)。ドイツはビスマルクを「世界最強の戦艦」と盛んに宣伝しました。 ドイツに比べて圧倒的な海軍力を持つイギリスでしたが、カタログデータ上で、1対1でビスマルクに対抗できる戦艦は1隻もいませんでした。 ビスマルクより高い攻撃力を持つネルソン型戦艦(16インチ砲(40.6cm)9門搭載)や、同等の火力を持つクイーン・エリザベス型とロイヤル・サブリン型(どちらも15インチ砲(38.1cm砲)8門搭載)は、速度がビスマルクに劣るので、遭遇しても逃げられてしまう可能性が高く、仮に戦闘になったとしても、主砲の発射速度と命中精度(ビスマルクの光学照準装置は30km先の乗用車を狙い撃つことが出来ました)では、最新のビスマルクに分がありました。 新型のキングジョージ5世型は、足の速さはビスマルクとほぼ同等ですが、主砲が14インチ砲(35.6cm)10門と一回り小さく、攻撃力が劣るので1対1では分が悪いと考えられていました。 ビスマルクの完成した1940年8月は、第二次世界大戦の最中であり、フランスは降伏し、イギリス一国がドイツに抵抗している状況でしたから、イギリス海軍がビスマルクの存在に神経を尖らせていました。 さて上で、「カタログデータ上」と強調していますが、ビスマルク型戦艦の性能はかなり過大評価されており(ドイツのゲッベルス宣伝相は宣伝の達人でした)、実際は見かけほど強力で無いことが現在わかってきています。 敗戦国だったドイツは、戦後戦艦の建造を禁じられたため、ビスマルク建造までに約20年のブランクがありました。 設計に当たっては、優秀艦として定評のあった第一次大戦時のバイエルン型巡洋戦艦をベースにしていましたが、いかに優秀な設計でも、20年以上前の古いものです。第一次大戦中の戦訓が反映されていないなど問題も多かったのです。特に防御力は、現在では「第二次世界大戦の戦艦中最弱」とまで言われています。 この評価を以外に思う人も多いと思います。 なぜならドイツ海軍は伝統的に防御力を重視しており、ビスマルクも排水量の3割以上を防御装甲に割いて、防御力に力を入れていたからです。 しかし数字に表れない部分で、大きな落とし穴がありました。確かにビスマルクは防御力を重視していましたが、その基準は第一次大戦水準でした。 第一次世界大戦での教訓から、日本やアメリカ、イギリスの戦艦が、2万メートル以上の遠距離での砲撃戦と、それに耐えうる防御力を考慮していたのに対して、ビスマルクの装甲は1万メートル以下の「近距離」砲撃戦で、最大の防御効果を発揮するように設計されていたのです。 現在の試算では、2万メートル位の遠距離砲撃戦をした場合のビスマルクの防御力は、2/3程度の大きさしかないイギリス・キングジョージ5世型(3万6772トン)とほぼ同等でした。 つまり、ビスマルクは大きな体の割に脆いということになってしまうわけです。もし当時のドイツ海軍関係者がこの事を知れば、かなりショックを受けたでしょうね。 また航空機対策も不十分でした。ベースになったバイエルン型が設計された時は、航空機の脅威などみじんも無い時代でしたから、対空射撃管制システムが構築されておらず、ただ高角砲と対空機銃が搭載されていただけに等しいものでした。 それがビスマルクを、致命的な結末に追いやることになってしまいます。 色々ケチをつけましたが、欠点はあるにせよ(アラを探せば、日本の戦艦大和にも、欠点はたくさんあります)、スペックのわからない(敵であるイギリスに、ドイツ海軍が詳しい性能データを教えるはずがありません)ドイツの巨大戦艦が、イギリス海軍の脅威だったことは、間違いありません。 当時、イギリスがドイツの侵略をかろうじて免れていられるのは、戦力不足のドイツ海軍が、ドーバー海峡(最も近い部分で約32km)の制海権を確保できないからです。 海軍の優位が無くなれば、1940年5月のダンケルク撤退により装備の大半を失い、再建途上の貧弱なイギリス陸軍では、圧倒的なドイツ陸軍の進撃を阻むことは出来ません。また、ドイツ海軍により海上輸送を遮断される事になれば、イギリスは戦争を継続するどころか、国民は文字通り餓死してしまいます。 海上での優位が崩れることは、イギリスにとって死活問題だったのです。 そしてドイツ海軍が、大西洋のイギリス輸送船団を壊滅させるため、ライン演習作戦を発動して、ビスマルクを出撃させたことを知ったイギリス海軍は、大きな犠牲を顧みず、執拗に追い詰めていくことになります。 今回は話をこれぐらいにして、次からビスマルクの最初で最後の航海となるライン演習作戦(1941年5月~27日)を見ていきたいと思います。 プラモデルキットは、アオシマの1/700サイズです。 古いキットなので、金型が少々傷んでいて、造形がぼやけているような気がします。 作り手が下手なだけかもしれませんが(汗) 塗装に対しての説明ですが、ビスマルク艦首に白い塗装がありますが、これは波に見えるようにした迷彩です。これにより目測での速度や船体の大きさを、敵に誤認させようという効果を狙ったものです。 ビスマルク 性能所元 排水量 基準4万1700トン(満載5万405トン) 全長 250.5m 全幅 36m 最大速度 30.8ノット 航続距離 16ノット/9,280海里 19ノット/8,525海里 24ノット/6,640海里 28ノット/4,500海里 乗員数 2,092名 兵装 38cm(48.5口径)連装砲4基 15cm(55口径)連装砲6基 10.5cm(65口径)連装高角砲8基 37mm(83口径)連装機関砲8基 20mm(65口径)4連装機関砲2基 20mm(65口径)単装機関砲12基 装甲 舷側 320mm、甲板 上甲板 50~80mm、装甲甲板 80~120mm、主砲防盾 360mm 搭載機 アラドAr196A-3水上偵察機4機(実際の出撃時には搭載されず) カタパルト一基 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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