テーマ:日本野球史(134)
カテゴリ:日本野球史
三原の「バット事件」は1938(昭和13年)11月27日、巨人と阪神の優勝決定戦で起きた。
第2戦、無死一・二塁の好機を得た巨人は三塁線に送りバントをするも、投手が三塁へ送球してアウトに。微妙なタイミングだったが、烈火のごとく怒ったのは巨人監督の藤本定義。審判団と揉み合うなど一時は退場の恐れもあったが、その場はいったん収まった。 しかし、試合後も怒りの収まらない藤本は、血相を変えて審判室へ向かい、「おーい、タイガースからいくら貰っているんだ」と叫んだ。それを知った三原脩が帰り支度のまま藤本の後を追ったが、連盟は藤本の言動を問題視して処分を下す。さらにたまたまノックバットを持っていた三原を指して「ノックバットをもって審判室へ殴り込んだ」という話になってしまい、三原も球団から処分をうけるハメになった。 「私はただ居合わせただけなのに、罰金と出場停止は納得できない」は三原の述懐。そして最も腹が立ったのは居合わせただけの三原をまったく庇おうとしなかったことだと。「もう辞めてやらあ」と愛想を尽かして、同年暮れには野球を辞めて報知新聞社に入社した。 (写真)三原脩(右)と、左は水原茂。~『日本プロ野球偉人伝』(ベースボール・マガジン社)より。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2023.05.16 07:31:59
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