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カテゴリ:明治期・写実主義
『其面影』二葉亭四迷(岩波文庫) その四回目であります。いくら何でも今回でおしまいにしようと思っています。 こんな話でした。 中年の大学教師・小野哲也は、妻と義母から冷たい扱いを受ける生活を営んでいますが、妻の腹違いの出戻りの妹・小夜子に道ならぬ恋心を抱きます。 そして小野哲也は、実にあっさりと、小夜子と肉体関係を持ってしまいます。 さらにあれよあれよという展開は、あろう事か、哲也が小夜子を「妾」のようにしてしまうところまで進んでしまいます。 哲也が小夜子を妾のようにして住まわせた部屋に行って、夕食に出かけようという、こんな場面があります。 「御飯ですか?」 「そう。」 「無駄ではなくって?」 「ま、好い好い。今からそう所帯染んでも好い」、と辛と本当に機嫌が直って、愉快そうに高笑をする。 小夜子も華やかに嫣然して、「じゃ、私お伴してよ」、と言葉遣いまでが急に違って来る。 「さあ、行こう」、と哲也は今は無性に愉快になって来て、躍り上と、「小夜さん!」と振反って、「今日はね、お互いに学生時代に若返って、一つ大に愉快に遊ぼうじゃないか?」 小夜子は絹フラシの肩掛の襟を蝶々で留めていたが、嫣然して、「ええ、好いわ。その代り私お転婆してよ。」 「お転婆?」と哲也はクワッと気負って、「面白い!」と絶叫して、「貴女がお転婆すりゃ、僕あ……僕あ……」と対句に窮って、「乱暴するッ!」 どうですかね。 僕はここを読んだ瞬間あっけにとられて、そしてこの作品は一気に筒井康隆まで飛んでいったと思ってしまいました。 少なくとも、漱石の我が身を削るようにして書いていた作品群の『道草』あたりまでを、飛び越えていった気がしました。 なぜ『道草』まで飛び越えたと思ったかを言いますと、この場面以降の主人公・小野哲也に近い人物を漱石作品から探すならば、絶筆『明暗』の主人公、軽薄な知識人「津田」が、何とか「掠っている」かと思えたからです。 この一気の飛躍は、一体なんでしょうかねー。 考えられるのは、前々回の本ブログでも触れましたが、四迷の、徹底的な知識人嫌悪でしょうか。 何度も比較していますが、漱石は、知識人のねじれと苦悩を描きつつも、おそらく「代助」に「先生」に、そして「一郎」に自らの姿の投影を見ていると思われます。 それはあたかも、フランスの作家フローベルが、自作小説の主人公、不倫のあげくに自殺をしたボヴァリー夫人を、「私である」と言ったのと同じ意味で。 ところが、二葉亭は違っています。 知識人主人公に、激しい嫌悪を表します。徹底的な突っ放しが見られます。 そこにはまるで自己投影など感じられません。 (その後小野は、小夜子との恋に破れ、中国大陸へ渡った後、職を失いますが、その失職の切っ掛けは、勤め先の学校の教頭を殴ったということで、思わぬ『坊っちゃん』との相似が、何か因縁めいたものを感じさせますね。) いったい、そんな嫌悪の対象であるような人物を主人公にして、作家は小説を書けるものなんでしょうか。 世の中には「悪漢小説」という一連の犯罪者(「悪人」)を主人公にする小説群はありますが、その「悪人」の多くは、極めて魅力的であります。 上記の『明暗』の「津田」にしても、主人公とは書きましたが、どうも本当の主人公は別人であるようですし(『明暗』は未完ですね)。うーん。 ということで、ここでも僕は、この作品に混乱しているんですが、もちろん多くの謎を孕んでいるというのは、きわめて高い評価の結果であります。 結局のところ、二葉亭四迷という近代日本文学黎明期の巨人は、その巨大な文学的才能が、あたかも核物質のように強烈な混乱を作品に撒き散らし続け、そして何より本人の生き方そのものに大きな影響を与えたのだと思います。 うーん、二葉亭、すごい! /font> にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.07.26 07:40:58
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