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2009.08.10
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カテゴリ:昭和期・プロ文学

  『海に生くる人々』葉山嘉樹(岩波文庫)

 おおそれながら、冒頭ではっきり申します。
 この本はまた、強ーーー烈に読みづらかったです、わたくしといたしましては。

 何故こんなに読みづらかったのか、一応の答えは得ました。
 この小説は、いわゆる「芸術性」を追求しない小説なんですね。
 そこんところを、もう少し順を追って考えてみたいと思います。

 この小説の成立事情を見ていたんですが、なかなか興味深い一時代であります。こんな風な略年表になります。

        日本史事項            葉山嘉樹事項
1914(T03) 第一次世界大戦勃発
1917(T06) ロシア革命勃発           『海に生くる人々』着手
1918(T07) 米騒動
1921(T10) 雑誌「種蒔く人」創刊
1922(T11) 日本共産党結成           治安警察法違反で逮捕される
1923(T12) 関東大震災              名古屋刑務所内で『海に~』完成
1924(T13) 雑誌「文芸戦線」創刊            〃    短編『淫売婦』
1925(T14) 日本プロレタリア文芸連盟結成   刑務所出所・短編『セメント樽~』
1926(T15) 日本プロレタリア芸術連盟結成   単行本『海に~』発行

 こんな感じで、プロレタリア関係の出来事がほぼ毎年、堰を切ったように起こっています。しかし、そのポイントは何といっても「ロシア革命の勃発」でしょうね。つまり、日本でも共産主義革命の起こる可能性が、現実的にあった時代ですよね。
 とりあえず、こういった時代背景の理解がなければ、この本はちょっと読みにくいのかなと思いました。

 ところが、そんなことが分かった所で、この小説の読みづらさは変わんないんですね、残念ながら。
 上記の略年表の1921年に「種蒔く人」創刊というのがありますね。これはわりと有名なプロレタリア文学雑誌なんだそうですが、この雑誌の、スローガンみたいなものがこうなんだそうです。

「社会主義的・平和主義的・反芸術至上主義的文藝」

 ポイントは3つ目のやつですね。「反芸術至上主義」。もちろん、「芸術的・芸術性」というのと「芸術至上主義」は異なります。
 しかし、僕はざっくばらんに思うんですがー、「きっと文章を飾ろうなんて考えは持ちはらへん人達の集まりなんやろな」と。

 はっきり申しますと、僕は、この作品の文章にかなり難渋しました。
 それが、僕がこの小説の読みづらかった原因のその一です。

 その二は、なんというか、「構成の難」でしょうかねー。

 大概の小説は、半分まで読めれば、後はなんとか読めるものです、それがどんな長編であっても。むしろ長編小説の方が、長く付き合った文章の「息づかい」に慣れて、残り半分はぐいぐい進んでいけるものだという経験則を、僕は持っていたんですね。

 ところが本作は、うーん、本当の終盤近く、船の上で争議が起こる寸前まで、実に読みづらかったです(中盤ちょっと、これはいけるかなという感覚が少しあったのですがねー)。
 これは、失礼ながら、やはり構成に難があるんじゃないでしょうか。各エピソードが重層的に積み重ねられず、羅列的に並べられてあるという感じがしました。

 それと、もう一つ、うーん、やはり、「階級闘争的アジテート」が、煩わしかったですねー。

 ただ、葉山嘉樹の代表作といえば『セメント樽の中の手紙』ですが、このわずか数ページの短編がなぜ素晴らしいかといえば、実は、「文章力」なんですよねー。
 非常に印象的なイメージを喚起する表現の力であります。
 例えばこんな部分。

 私の恋人は破砕器へ石を入れることを仕事にしていました。そして十月の七日の朝、大きな石を入れる時に、その石と一緒に、クラッシャーの中へ嵌りました。
 仲間の人たちは、助け出そうとしましたけれど、水の中へ溺れるように、石の下へ私の恋人は沈んで行きました。そして、石と恋人の体とは砕け合って、赤い細い石になって、ベルトの上へ落ちました。ベルトは粉砕筒へ入って行きました。そこで鋼鉄の弾丸と一緒になって、細く細く、はげしい音に呪いの声を叫びながら、砕かれました。そうして焼かれて、立派にセメントになりました。
                    (『セメント樽の中の手紙』)

 この文の持つ、イメージの喚起力には抜群なものがありますね。
 実はこれによく似た、鮮やかなイメージを描いている部分が、やはり『海に生くる人々』にも出てきます。こんなところは、とても心地よく読むことができました。

 葉山嘉樹の才能は、本当はこんな所にあるんじゃないかと思われました。
 しかし同時に、この感覚はどこかプロレタリア文学っぽくない感じを与えることも確かです。
 もちろん、この後のプロ文が強烈な弾圧を受けた時代のせいでありましょうが、葉山は作家的成熟を見せることなく、1945年、満州で病没します。
 51歳。全ての日本人が大変な時代でありました。

 というわけで、この本は、ちょっと大変でした。では。


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Last updated  2009.08.10 07:07:42
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