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2009.08.12
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カテゴリ:昭和期・歴史小説

  『魔群の通過』山田風太郎(文春文庫)

 えー、前回の終盤は、なにか呪いにでもかかっていたような気がしましたが、どういう展開だったんでしょうか。
 記憶が定かではありません。

 冒頭の作品の報告をするにあたり、「水戸学」について、ちょっとだけ書いていたんですよね。その後どうなってしまったのか、うーん、よく分かりません。(なにか、コワイ夢でも見ていたような……。)

 ともあれ、幕末です。
 「尊皇」という、それそのものは古くからある価値観について、ちょっとした「流行」のように、人々が改めて目を向け始めます。

 しかしそれも、江戸幕府がのほほんとしつつも、それでもなんとか元気でいられた頃だからこそ、「尊皇」なんて価値を御三家が言えるわけで、一端本気で世間が「尊皇」を取り上げ始めると、水戸藩=徳川の「尊皇」なんて矛盾の固まりになってしまうわけです。

 そんな尊皇・佐幕の確執が、なるほど幕末には、この藩をずたずたに切り刻んでしまったようです。

 例えば山田風太郎はこのように説きます。

 「水戸人は桜田の変以来、維新の革命の大いなる原動力であった。しかるに新政府ができてみると、そこには水戸人の片影もない。」

 そしてその原因こそが、この天狗党の乱を中心にした「水戸の内戦」であり、この内戦を通して水戸の人材は徹底的に失われてしまったと。

 この本を読んでいると、全くその通りだと思います。
 「酸鼻」とか「凄惨」とかいう言葉がありますが、全くその言葉のままに、歴史の波間に弄ばれるように、その時々に優勢と見られた尊皇・佐幕それぞれのグループが、互いに「敵」のジュノサイドを繰り返し、日本には珍しい(あまり良くない例えではありますが、まるでイスラエルとパレスチナのように)始末の付かない血で血を洗う感情レベルの憎み合いとなってしまいました。

 かつて山田風太郎は一連の明治小説(ちくま文庫から全14巻で「明治小説全集」として出ています)を書いた後、明治という時代のことを、

 「一つの地獄の様な時代」と言っています。

 そして本作は、まだそこに至っていない幕末が背景ではありますが、僕はこれら時代のことを考える時、現代の物差しで歴史を断罪してはいけないとは思いつつも、その「人命軽視」の精神風土に、背筋の寒くなるようなものを感じました。

 しかし、このような思いは、司馬遼太郎の作品を読んだ時には感じられないものです。
 よく分かりませんが、両作家の群衆の描き方の違いか(かつて二葉亭四迷について調べた時に、少しだけ知りましたが、明治時代の「暗黒面」についてですね)、設定された主人公の違いだろうと思います。

 そんな意味でいうと、山田風太郎の明治は、司馬遼太郎の明治よりも、遙かに暗く凶悪であります。そしてこの一連の「人命軽視」が、僕にとっての本作への、少しの読後感の悪さの原因であります。

 とはいえ、トータルで言えば、やはりなんと言っても山田風太郎は抜群に面白いです。

 明治小説ならほとんどすべてが面白いです。(例えば、横山光輝の『伊賀の影丸』が「忍法帖」シリーズの「盗作」だとすれば、数年前に評判になった関川夏央原作の漫画『「坊ちゃん」の時代』は、ほとんど風太郎明治小説の「剽窃」ぎりぎりのもの、というのは言い過ぎでしょうか。)

 「お勧め作」をあえて挙げますと、「明治小説」シリーズでは『幻燈辻馬車』か『エドの舞踏会』、室町物なら『婆沙羅』でしょうかねー。
 ぜひご一読をお勧めします。

 最後に、前回のブログの終盤で、「呪文」のごとくに触れました『大日本史』が「無価値」であることについてですが、しかし250年もかけてできあがったものが、ほとんど価値のない歴史書であったっていうのは、一体どんなもんなんでしょうねぇ。

 作った人は、(特に最後の方の人は)ひょっとしたらそんなことに薄々気がついてはいなかったのでしょうかね。でも気がついていたとしても、そんな、「王様は裸だ」みたいなことはきっと言えなかったのだろうなと思いますね。
 うーん、なかなか考えさせられる話ですね。
 ぜひ「他山の石」に。では。


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Last updated  2009.08.12 07:33:34
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