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2009.08.13
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カテゴリ:明治期・自然主義

  『蒲団・重右衛門の最後』田山花袋(新潮文庫)
  『蒲団・一兵卒』田山花袋(角川文庫)


 少し前から、僕は「私小説の系譜」ということを考えていたんですが(こんな書き方をするととっても「知的」な感じがしますね。なに、ふっと浮かんだだけですがー)、先日、こんな本を読みました。

  『情痴小説の研究』北上次郎(マガジンハウス)

 徳田秋声『仮装人物』から渡辺淳一『ひとひらの雪』まで「情痴」をテーマとする34編について、内容的にはそれほど重くない(一作品6ページほど)範囲で書かれた文芸評論(かな?)です。

 この中に取り上げられた作家の過半が、いわゆる私小説作家です。
 秋声の他、田山花袋・近松秋江・岩野泡鳴・葛西善蔵・嘉村磯多などですが、北上次郎は、彼らの小説は「主人公=作家のダメ男」であるが、私小説作家の一方の雄・志賀直哉と比べた時、彼らも本質的には何ら異なるところがないと説いています。

 それは要するに「業が深い=自我の妄執」という共通項を持つという意味においてです。

 志賀直哉の業の深さは、強烈な意志力として賞賛されつつも、一方ではそれを毛嫌いした太宰治が火達磨になりながら述べたように、得手勝手とほとんど表裏一体であります。
 志賀直哉の得手勝手をもう一歩踏み込ませた時、そこに女関係に限りなくだらしない情痴小説が生まれると北上氏は説くわけですね。

 そんな「自然主義=私小説」の方向性を決定づけた作家が田山花袋であります。
 その嚆矢となったのが、この『蒲団』なんですが、そもそも島崎藤村の『破戒』の方が先に刊行されているんですね。一年の違いですが。

 なぜ日本の自然主義は『破戒』の本格小説的な方向を取らず、『蒲団』のゴシップ的な方向に流れてしまったのでしょうかね。

 うーん。この「本格小説的」・「ゴシップ的」という書き方から分かりますね。われわれは得てして、「本格」よりも「ゴシップ」が好きなんですね。
 えー、そこにも(かなり強引ですが)「業」の深さが見られるようであります。

 さて、冒頭二冊の本の『蒲団』はもちろん同じ『蒲団』です。
 新潮文庫は短編2篇だけの薄い本です。角川文庫は『蒲団』+7つの短編が載っています。でも実は、どの短編もあまり面白くありませんでした。

 そもそも『蒲団』は、私、以前読んだことがありました。その時は、文学史に載っているから読んだものの、「くだらねー」と思っておりました。

 そして少し前に同作者の『田舎教師』を読んで、内容的には大したことないとは思いつつも、作者が説くところの「平面描写」という手法については、わりと好感を持ちました。

 そこで今回『蒲団』を再読しまして、やはり「描きよう」は悪くないなと思いました。
 とても丁寧に書かれております。この描写の仕方は、解説文によると、作者がかつて生活のために書いていた紀行文(今で言えば旅行本のライターかな)で身につけたようですね。この丁寧な描きぶりは、何より感じがいいです。

 でもこれらの短編小説の中で、この度僕が一番面白かったのは『重右衛門の最後』でした。
 この作品は一種のピカレスク(悪漢小説)です。山の中の小さな部落の住民を食い物にする「重右衛門」という男の話です。

 彼は極悪者ではありますが、何というか少し「トリックスター」じみたところがあり、なるほど昔の共同体には、このような「よけい者」が、嫌われ疎まれながらも、住民同士の人間関係のために、一種の「緩衝材」のような働きを、結果的にしていたのではなかったかと思いました。
 (もっとも重右衛門は、タイトルから想像できるように悪徳の度が過ぎて殺されてしまうのですが。)

 終盤、重右衛門が村人に向かって怒って言った、

 「何だ、この重右衛門一人、村で養って行けぬと謂うのか。そんな吝くさい村だら、片端から焼払って了え」

というセリフは、そんな様相が彷彿とされ、なかなか印象的でありました。

 田山花袋といえば、恥ずかしながら、僕は「食わず嫌い」でありました。
 なんで「食わず嫌い」になったのかなと思い起こしますと、おそらく評論家・中村光夫の影響かなと。彼の「自然主義」に対する批判本のせいかなと思うんですが、ひょっとしたら、僕が間違った理解の仕方をしていたのかもしれません(多分そーだろーなー)。

 で、近年、年を取ってきたせいかと思いますが、地味ーに丁寧に描く田山花袋はそんなに悪くないと、私は改めて思っております。
 (でも、漱石がこの「露悪」「露骨」に対して反発したのは、もちろん大いに納得はできるんですが。)

 と、そういうところです。では。


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Last updated  2009.08.13 07:04:59
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