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2017.09.09
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カテゴリ:明治期・自然主義

  『人を殺したが…』正宗白鳥(福武書店)

 図書館内をぼーっと歩いていて、たまたま見つけた古い本が本書です。
 何かとってもくすんだ感じの本で、タイトルもそういえばくすんだ感じですよねー。「…」の部分がそんな雰囲気を増幅してそうですが、実際読んでみるといかにも地味な、地味ーーーーな、……うーん、よくこれだけ地味ーーーな本が書かれたものだなあと感心といいますか、呆れてしまうような本です。

 で、そもそもいつ頃書かれた小説で、また、この本になったのはいつ頃だろうと奥付あたりを見ました。まずこの小説の初出については、この様に書いてあります。

  ●大正十四年六月―九月「週刊朝日」連載
  ●大正十四年十月 聚芳閣刊


 奥付の隣のページにこう書いてありました。(●も書いてあるままです。)
 で、奥付には「一九八三年五月二五日 第一刷発行」とあります。

 ……うーむ。いろいろ考えることがありましたが、まずこの小説が週刊誌小説ということに少し驚きました。その頃の週刊誌小説というのは、一体どんな傾向だったんでしょうか。これは現在の私の感想ですが、よくまぁこんな地味な小説が週刊誌に連載されていたものだと、改めて思います。

 そして一九八三年に福武書店が改めて、そしてよりにもよって60年前のこの小説を本にするのですが、……やはり、まぁ、福武書店出版部は一体何を考えていたのだろうと思ってしまいそうです。

 本書の終わりの方に、書籍宣伝のページがあるのですが(大概の本についている例のページです)、それによりますと本書はその頃の福武の「文芸選書」シリーズの一冊として出版されていて、同シリーズの本の宣伝が載っています。

 でもそのラインナップを見ていても、いかにも地味ーーーーなチョイスです。
 出版に当たっては、私の知らない版権とかいろんな関係があるのでしょうが、こんな地味な「文芸選書」シリーズは、果たして売れたんでしょうか。

 はばかりながら、わたくし虚仮の一念で、近代日本文学の作品については既に十年以上、マイナー作品も含めて結構集中して読んできたつもりです。そんな私でも、この3ページの宣伝に11冊の本(本書は含んでいません)が紹介されてある中で、読んだことのあるのは、『さざなみ軍記』井伏鱒二、『新所帯/黴』徳田秋声、『業苦/崖の下』嘉村磯多、『極楽とんぼ』里見とんの4冊でした。(あれ、4冊もあったんだ。)

 さて、そんな愚痴といいますか、ついそんなことをダラダラと書いたのですが、よーするに、本書の感想並びに報告としては、それしか浮かんでこないからですね。
 ある意味、見事に地味に徹した小説です。

 ……えー、タイトルからもわかりますが本書は犯罪小説なんですね。
 犯罪小説ならそれなりにスリリングな場面や展開があるだろうとお考えになるなら、それは早計というものであります。
 確かに「殺しの場面」だけは唯一、この200ページあまりの小説の中で本当に唯一、イメージのくっきりした描写がありました。本当にここにしかない貴重な場面なので、ちょっと引用してみますね。

 それと同時に、庭に人のゐる気配を見つけたかの男は、障子を開けて誰れだと咎めたが保が茫然として逃げもやらずにゐるのを見つけると、裸足で庭に飛下りて引捉へた。保は弁解する余地もなく無我夢中で争つて組んずほぐれつしてゐたが、昔運動家として習ひ覚えた柔術の手が無意識に働いて、両手で相手の咽喉を締めつけて倒した。そして、顔を見覚えられてゐるおそれがあつたので、再び息を吹返さないやうにと、足で喉を踏潰した。

 どうですか。なかなか迫力ある表現ですね。最後の部分なんかドスがきいています。でも、本当にこの場面だけです。
 じゃあ残りの部分はいったい何が書かれてあるかというと、ちょっとシニカルにまとめてしまいますと、ドストエフスキーの『罪と罰』に強く虚無主義をふりかけて最後「狂気」でひと煮立ちさせたような筋運びであります。

 本書の解説に、日本近代文学の中ではかなり初期に書かれた犯罪小説であるという評価がありましたが、なるほどと思い出してみると、正宗白鳥はこの時期、本当に一時的ですが結構たくさん戯曲を書いていて、その戯曲に犯罪や殺人がよく取り上げられていました。

 そもそも日露戦争の「戦後派」的な登場の仕方をした筆者は、当時流行りの「虚無主義」の中でも際立った深い虚無性を示しました。しかしそれは、突き詰めていけば自ずから犯罪と強い親和性を持ちそうです。
 (私は最後に「狂気」を導入したところに、基本的な本作の難があるように思います…。)

 冒頭に私は本小説が週刊誌小説であったことに触れましたが、このテーマへの切り込み方の中途半端さは、やはり現在私が週刊誌小説のイメージとして持つものが、その時代においてもさほど大きく異なっていないことに、その原因があるように思います。

 でもどの雑誌にどんな話を書くかは、(出版社側と事前に十分な話し合いがあっても)最終的には小説作者の専決事項でしょうから、それは当然作品の評価にかかわってくるものであります。


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Last updated  2017.09.09 11:41:03
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