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2009.08.21
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カテゴリ:昭和期・後半女性

  『博士の愛した数式』小川洋子(新潮社)

 えー、数年前、ベストセラーになりまして、あまりにも有名になってしまった作品であり、筆者であります。

 僕自身、この作品は、評判になり始めた頃に第一回目を読みました。
 小川洋子の作品としてはそれまでに、芥川賞受賞作品一冊と、後、『アンネの日記』に関するエッセイを読んでいました。(なんでそんなエッセイを読んでいたんでしょうねー。あ、一時期、第二次世界大戦とユダヤ人について興味を持った頃があったからです。)

 芥川賞受賞作の入った短編集は(もうだいぶ前に読んだのでほとんど覚えていないのですが)、かなり「硬質」な感じのお話が多かったんじゃないかと覚えています。

 だから、ベストセラーになって驚いたんですね。あまり大量に売れるタイプの小説家とは、失礼ながら、思っていなかったんですねー。

 実際、この本が売れていた頃はすごかったですもんね。
 確か僕は、近所の図書館に様子を見に行ったのですが、すごい数の予約が入っていまして、とても借りるどころではありませんでした。

 でも、何とか調達して読んでみると、ふーん、と納得できるんですね。
 場面場面がとても丁寧に書かれていて、くっきりと頭に残る上に、もうすでに充分論じられていますが、「癒し系」なんですよね。
 そう。時代の流行りっぽいところがありました。

 小説家という生き方には、時々こんな感じの事が起こるようですね。
 変な書き方をしましたが、要するに、生涯のテーマから少し道草を食う小説を発表したところ、それが存外に売れてしまった、という事です。

 例えば、村上春樹『ノルウェイの森』、川上弘美『センセイの鞄』なんかが、そんな感じの作品に僕は思うのですが。

 ただ、川上弘美の場合は、以降、自分の生涯のテーマを変えてしまったかもしれません。それが悪い事とは、一概には思いませんが。

 さて、冒頭の作品の話に戻りますが、この度、再読してみました。
 その理由は、えー、女房がブックオフで買ってきたからであります。
 実にくだらない理由でありますが、しかしそれでも、まぁ当たり前ではありますが、再読することの意味はとても大きいと考えます。

 先が見通せて安心して読めるということもさることながら、特に小説の場合、再読は小説の構造について深く考えることを可能にします。

 例えばこの本で言うならば、作者は、もっと沢山数学絡み(さらに言えば素数がらみ)のエピソードを書きこみたかったんじゃないかと思いました。
 江夏豊の背番号の使い方の、あざといばかりのうまさを感じました。
 そんな、作品内の有機的なつながりについて、あれこれ立ち止まって考えることを、再読は大いに可能にします。

 ただ、再読は同時に、作品のアラも見せてしまいますね。
 たいていの小説は、再読すると少しやせた雰囲気を感じてしまいます。今回も少しそれを感じましたが、この本の場合のその理由は、僕なりには分かっています。
 それは、こういう事です。

 この作品のルーツらしきものを考えると、これはいわゆる「尾籠(おこ)=聖者」の物語ではないかと思います。
 僕自身、そんなに知っているわけではないのですが、この系譜には、例のドストエフスキーから大江健三郎まで、歴史上名作が目白押しにあるようです。
 つまりこの小説は、極めて上質だとは思いますが、「尾籠物語」の系譜の中で見ると、もう少し頑張れたのじゃないかと、そういうことなんですね。

 うーん、何を勝手な事を言っているのか、という気が自分でもしますねー。
 しかし、居直るようで申し訳ないんですが、読者とは、そんなにも、贅沢でわがままなものです。
 もっと、もっともっと美味しいものを食べさせろと、作者に如実に迫ってきます。

 申し訳ないながら、そんなわがまま勝手な感想も、再読後、少し持ってしまいました。

 ただ、ブームは終わりましたが、今でも大いにお薦めの、或る意味これから「定番作品=古典」になる可能性の、極めて高い小説であります。


 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓

 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末

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Last updated  2009.08.21 06:45:02
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