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2009.10.13
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カテゴリ:明治期・浪漫主義

  『五重塔』幸田露伴(岩波文庫)

 この世の名残。夜も名残。死に行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜。一足づつに消えて行く。夢の夢こそあはれなれ。あれ数ふれば暁の、七つの時が六つ鳴りて、残る一つが今生の、鐘の響きの聞きをさめ、寂滅為楽と響くなり。

 えー、これはもちろん、露伴の文章じゃないですね。
 古典中の古典、近松門左衛門の『曽根崎心中』の「道行」部分であります。(高校用日本文学史教科書の古文部分から取ってきました。)

 なぜこんな文章から始まったかと言えば、上記『五重塔』を読み、文章の圧倒的なリズム感に惚れ惚れとし、「幸田露伴は天才である」と思い、そして、日本語による文章の流麗さについて思い及んだ時に、まず頭に浮かんだのが、上記近松浄瑠璃の有名中の有名部分だったということです。

 この近松浄瑠璃の上記部分は、ここを読んだ荻生そ徠(「そ」が出ません。ぎょうにん偏に「且」。)が、「近松は天才だ」と思わず叫んだと言われるところですね。
 うーん、全くその通り、いかさま、近松は天才ですね。

 一方、露伴は、といえば、もちろんこちらも天才ではありましょうが、んんーー、何と言いますかー、ちょっと僕は、途中から別のことを考えていたんですね。

  近松門左衛門・1653~1724 享年71歳
  幸田 露伴 ・1867~1947 享年80歳

 ともにそれぞれの時代とすれば、大いに長寿ですよねー。
 特に、露伴の亡くなった年は昭和22年ですから、「えー、あの明治の文豪って、太平洋戦争の後まで生きていたの!」という感じですよね。時間感覚がゆがみそうです。

 (露伴は慶応3年の生まれで、同級生に尾崎紅葉・夏目漱石などがいます。これもなんとなく凄い! さらに、紅葉の享年は36歳、漱石の享年は49歳です。うーん、さらにさらに露伴、凄い!)

 で、何のことかといいますと、近松はとりあえず生涯表現者として「現役」でありましたが、露伴は生涯現役とはいえなかったなと、そんなことを考えていたんですね。
 そして、この違いはどこから来たのかな、と。

 さて、『五重塔』の読書報告ですが、まず、その文体については、すでに述べましたが、圧倒的なリズム感を誇る天才的文章であります。
 構成としても、間然とするところのない、実に引き締まった作品となっています。

 実は僕はこの小説は再読なんですが、前回読んだ時は、もっとその文章に、特に有名な嵐のシーンなどに、もっと圧倒されたような記憶を持っているんですが、ちょっと今回はそんなところは薄れ気味でした。

 その代わりに、僕はちょっと変な書き方になりますが、こんな事を強く思いました。

 「この小説は、芸術家の不幸小説である。」

 主人公の「のっそり十兵衛」はもとより芸術家肌の変人であります。
 その「芸術家的変人性」とでも言うべきものについて、前半部においてはまだ理解できるものの、「源太」からの図面を断り、さらに清吉に襲われた後、怪我療養をしないで現地に行こうとし、はては、嵐の夜に寺の者たちが様子を見に来いと言ったことへの反応など、どうでしょう、今ひとつ、分かるような分からないような部分が、少し僕の中に残ったんですが。

 先ほど構成についても、実に引き締まったと書きましたが、終盤あたり、ひょっとしたら書き込みが足りない? なんて、僕が言ったら「不遜」ですかね。

 きっと、そうでしょうね。
 もとよりこの作品は、リアリズムをのみ追求しているものではありません。リアリズムよりも、むしろ一つの条件下での、人々と物事の流れ込み方を「理想的」に描いた話と言うべきものと思います。

 しかし、上記に挙げた怪我療養をせずに現地に赴き、そのことが下働きの大工たちの行動を一変させたという部分などは、ちょっとこのままの書き込みでは物足りないように思うんですが、いかがでしょうか。

 さらに言えば、そもそも今回の、五重塔を建てる「プロジェクト」の中の十兵衛の立場というものは、例えてみれば、オーケストラの指揮者に当たるものではないですかね(加えて「音楽監督」ですかね)。

 はっきり言って、十兵衛の性格では、これ、ムリ、じゃない?

 これは、個人芸術と集団芸術の違いじゃないかと思います。十兵衛の性格が生きるのは、あくまで個人芸術の範囲でしょう。

 えー、文豪の名作を前にして、なんか、メチャクチャな事を書いているような気が、自分でもしますー。
 お前は一体どこの何者じゃいっ! と一喝されれば、十歩下がって土下座をするにやぶさかではありませんが、自分の感じ方を大切にしながら綴って行くと、今回はこんな具合になってしまいました。うーん、困った。

 すみません。後はよろしく御笑覧下さい。


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Last updated  2009.10.13 06:28:14
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