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2009.11.17
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カテゴリ:昭和期・新戯作派

  『津軽』太宰治(新潮文庫)

 昔より、名作の誉れ高い本作であります。
 ところが、これが、僕にはよく分からなかったんですねー。

 えー、太宰治については、全集が家にありまして、一応全て読んでいます。
 太宰治は、かなり好きだと言って間違いないと思います。

 ところが、繰り返しますが、『津軽』について、もちろん嫌いな作品とは思いませんが、さほど凄いとも思いませんでした。
 と言っても、この作品も読んだのは多分大学時代でしょうから、圧倒的に昔であります。

 この度、再読致しました。

 いい作品ですね。本当にそう思います。
 でも、これが、太宰のベストとは、やはり思えませんでした。
 今回はそのへんをちょっと考えてみたいと思います。

 昭和十九年、太宰は、書店から「新風土記叢書」の一冊として「津軽」を書くことを依頼され、五月から六月にかけて津軽地方を旅行します。
 いわば、この作品は、ノンフィクションの、旅行記であります。

 「序編」と題された、文庫本で20ページほどの部分から始まります。
 それなりの落ち着きのある、大家のごとき文章であります。この年、太宰は35歳であります。この見事な文章は、やはり天稟のものでありましょうね。

 ところがこの後の「本編」の「一」の冒頭が、これまたいかにも「太宰節」であります。
 有名な箇所ですが、ちょっと書いてみますね。

 「ね、なぜ旅に出るの?」
 「苦しいからさ」
 「あなたの(苦しい)は、おきまりで、ちっとも信用できません」
 「正岡子規三十六、尾崎紅葉三十七、斉藤緑雨三十八、国木田独歩三十八、長塚節三十七、芥川龍之介三十六、嘉村礒多三十七」
 「それは、何の事なの?」
 「あいつらの死んだとしさ。ばたばた死んでいる。おれもそろそろ、そのとしだ。作家にとって、これくらいの年齢の時が、一ばん大事で」
 「そうして、苦しい時なの?」


 うーん、こうして書き写していますと、ちょっと恥ずかしくなるくらいに「太宰節」ですね。
 ところが、この文は、その後何処へ行ってしまうかというと、これを受けたような個所が、まるでないんですね。(うーん、ないこと、ない、とも、言えますが。)
 あえて探すとすれば、末尾でしょうか。この作品の最後です。
 ここも有名な個所ですが、こんな風に終わっています。

 さて、古聖人の獲麟を気取るわけでもないけれど、聖戦下の新津軽風土記も、作者のこの獲友の告白を以て、ひとまずペンをとどめて大過ないかと思われる。まだまだ書きたい事が、あれこれとあったのだが、津軽の生きている雰囲気は、以上でだいたい語り尽くしたようにも思われる。私は虚飾を行わなかった。読者をだましはしなかった。さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では、失敬。

 うーん、また我が恥を晒すようですが、この部分の終わりの個所を、若き日の私は、何人の手紙に書いたことでしょうか。
 全く、汗顔の至りであります。

 えー、我が恥は置いておいて、一つ前の「本編」冒頭の引用部ですが、上述したように、ここを受けた部分はほぼ見あたらないように思われるのですが、この文が出てきたであろう繋がりの部分は、あります。
 直ぐ手前、「序編」の最後であります。
 
 今回のブログの内容は、もうすでに、ほとんど「太宰節」の見本帳のごときものになっておりますので、ついでにもう一個所、引用してみますね。こんなのです。

 私はこのたびの旅行で見て来た町村の、地勢、地質、天文、財政、沿革、教育、衛生などに就いて、専門家みたいな知ったかぶりの意見は避けたいと思う。私がそれを言ったところで、所詮は、一夜勉強の恥ずかしい軽薄の鍍金である。それらに就いて、くわしく知りたい人は、その地方の専門の研究家に聞くがよい。私には、また別の専門科目があるのだ、世人は仮りにその科目を愛と呼んでいる。人の心と人の心の触れ合いを研究する科目である。私はこのたびの旅行に於いて、主としてこの一科目を追究した。どの部門から追求しても、結局は、津軽の現在生きている姿を、そのまま読者に伝える事が出来たならば、昭和の津軽風土記として、まずまあ、及第ではなかろうかと私は思っているのだが、ああ、それが、うまくゆくといいけれど。

 うーん、唸ってばかりで申し訳ありませんが、しかし、唸るしかない誠にかっこいい「太宰節」ですよねー。
 一度私も真面目に、本当に真剣に、「私の専門科目は愛です」と、誰かに言ってみたいものですが、笑われるか殴られるか、どちらかになりそうなのが、なんだかとても(特にこんな太宰の文章を読んだ後は)悲しいものであります。

 というわけで、今回は「太宰節」の見本帳でした。
 次回に続きます。


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Last updated  2009.11.17 06:11:17
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