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2010.02.13
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カテゴリ:昭和期・プロ文学

  『渦巻ける烏の群』黒島伝治(新潮文庫)

 四つの短編が入っています。
 その中で、たぶん最も有名な作品は、『二銭銅貨』という作品じゃないかと思います。高校国語の文学史教科書にも、その名が載っています。
 ただ、同名の短編小説がもう一つありますね。むしろ、こちらを読んだ方のほうが多いと思います。作者が、黒島伝治よりもかなり有名な江戸川乱歩だからですね。
 
 乱歩の作品の方が先に書かれています。
 たぶん黒島伝治はそのことを知らなかったんでしょうね。だって、知っていてそうする理由があまりないような気がします。
 (ただ、今回初めて知ったのですが、伝治の『二銭銅貨』は初出においては『銅貨二銭』だったそうです。)

 ともあれ、知名度の低い方ですが、黒島伝治の小説の中ではおそらく一等知名度の高い(なんかややこしい書き方になりましてすみません)『二銭銅貨』を楽しみに読もうとしましたが、少しびっくりしました。

 岩波文庫で、わずか7ページです。
 いくら何でも短かすぎませんか。
 黒島伝治という方は明治三十一年に生まれ、そして昭和十八年に45歳で肺結核で亡くなっています。だからさほど沢山の作品が残っているわけではないんですが、それでも一番の代表作が7ページの短編というのは、ふーむ、どんな感じなんでしょうかね。

 内容は、貧しい農家の話で、二銭を惜しんだがために息子を失ってしまうという話です。
 初期のプロレタリア文学ですから。
 なるほど、感情を抑え、淡々と描写していくことでそれに語らせるという、まぁ日本文学お得意の表現方法で、上品な良い文章であります。
 特に、終末の切れ味の鮮やかさは、なかなかのものだとは思いますが、しかし、それにしても、7ページで一人の作家の業績を代表するというほどの「名作」とは思いませんでした。

 そもそも小さな原因が大きな結果をもたらすという、なんか「逆わらしべ長者」みたいな話は、個人的な好悪なのかも知れませんが、僕はあまり好きじゃないんですよねー。

 作品の象徴にまで高まるような小さなエピソードというのは、なかなか難しいものだと思います。
 例えば、鴎外の『雁』の中に「鯖の煮込み」というのが出てきて、それが原因で「お玉」は失恋するという段取りですが、これもちょっと穿ちすぎという気がします。
 (もっとも、鴎外はそんなことお見通しでしょうが。)

 (話の横滑りついでに、このエピソードはうまいものだなーと思ったのは、小川洋子の『博士の愛した数式』の中の江夏豊の背番号の扱い方。これはとっても感心しました。)

 というわけで、『二銭銅貨』は、ちょっとした珠玉作ということで、えー、よろしいでしょうか。

 残りの三作の中に、シベリアが舞台の小説が二つあります。
 どちらも日本軍のシベリア出兵の話で、共に極めて悲惨な話であります。しかし、雪のシベリアの風景は、なぜかとても詩情あふれています。
 筆者はチェーホフが好きだったと解説文にありました。確かに、雪景色の中でストーリーが展開していく様は、極めて悲惨な話でありながら、感情を抑えた上品な描写が、なるほどチェーホフを彷彿とさせます。

 子供たちの外套や、ズボンの裾が風にひらひらひるがえった。
 三人は、炊事場の入り口からそれを見送っていた。
 彼らの細くって長い脚は、強いバネのように、勢いよくぴんぴん雪をけって、丘を登っていた。
 「ナーシャ!」
 「リーザ!」
 武石と吉永とが呼んだ。
 「なアに?」
 丘の上から答えた。
 子供たちは、みんな、一時に立ち止まって、谷間の炊事場を見下ろした。


 こんな小さな描写でも、とてもうまいですね。
 それに加えて、話がきっちりとまとまっています。上記にも触れた『二銭銅貨』の終盤の切れ味の良さというのも、いわば構成が優れているということですね。

 ただねー、また個人的な好悪の話みたいになるんですが、こんなにしっかりとまとまっていて、よけいにはみ出す部分を持たない短編というのは、どうも感想が書きにくいです。
 とっても上手だと思いました、で終わってしまうんですねー。
 うーん、困りました。

 もちろん、作品の裂け目や瑕疵にばかり注目して展開していくような感想は、極めて「下品」な読み方だと、わたくしも重々承知致してはいるのですがね。


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Last updated  2010.02.13 08:45:08
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