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analog純文

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2010.03.09
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  『足摺岬・絵本』田宮虎彦(角川文庫)

 上記短篇集紹介の後半であります。

 前半は、要するに本短篇集が、全くどの作品を取り上げても「真っ暗だ」と言うところまで述べました。
 そしてその原因について、とりあえず二つ、「戦争」と「貧困」を取り上げ、「戦争」について、一例を示してみました、いえ、示そうと思った辺りで途切れてしまいました。
 じゃ、そこから、行きます。

 次の文は、幕末の動乱に、薩長の官兵のために肉親を陵辱され、惨殺された旧幕臣の義介と斧太郎のうち、斧太郎が今度は西南戦争に「巡査隊」として参加した後の部分であります。

 「俺は逃げおくれた奴を崖っぷちに座らしておいて首をおとしてやった。蛙が池にとびこむように、両手をのばして首のない奴が崖の下にとびこんで行く。我らもやられたことだ」
 篠遠のだみ声がつづいた。そんな喧しい言葉が部屋の中を這いまわるようにかわされているのを、義介は盃をなめながらじっとききいっていたが、ふっと思いついたように、
 「それで気が晴れたか」
 ぽつんと言った。ざわめきが一瞬灯のきえたように途切れた。あびせるように、
 「--晴れはすまい」
 義介の声は深淵にしずんでゆく小石のようにぼそりと冷たくつづいた。(『霧の中』)


 この「暗さ」はもちろん、無意味な殺戮が生み出す「憎しみの連鎖」を述べているのだとは思いますが、それらを含め、そしてもう一つの原因として挙げた「貧困」も含めて、本当はその底に、「近代国家の中で人間が生きるということ」の暗さが、滔々と流れているように思います。

 本短篇集のどの作品を取り上げても「真っ暗」の中で、後半は『絵本』の登場人物紹介を通じて、この暗さの一端を説明してみたいと思います。

 時代は、昭和初年(上海事変の翌年)の東京の下町、どん底のような街です。

 「主人公の大学生」→田舎から上京。父に反対されながらの大学進学ゆえ、父からは一切送金がない。「謄写版の原紙きり」の仕事で学費をたてようとするがとても間に合わない。学業継続に暗澹たる思いを抱いている時、胸の痛みを覚え、かつて煩った「肋膜」の再発に怯える日々。

 「主人公の住んでいる下宿の一家」→一家の主、父親は仕事が無く、子供の多い中、爪に火を点すような暮らしぶり。主人公と話をする13歳の長男は、脊椎カリエスのため寝たきり。

 「主人公の隣室の中学生」→田舎から上京。新聞配達をしながら、そして「リューマチ」を煩いながらの苦学生。父親は死亡。その理由は、長男(中学生の兄)が戦争で捕虜になったことに罪悪感を覚えたため。一方母親は、教員資格がありながらも、同じ理由で田舎で職に全く就けない。

 どうです。ここまでだけでも、強烈に「暗い」設定であることが分かりますね。しかし、話はさらに、こんな風に進んでいきます。

 ある日、中学生が追いはぎの濡れ衣を着せられて警察に捕まるという出来事が起こります。幸いにしてその濡れ衣は晴れ、中学生は帰ってくるのですが、警察の暴行によって、頬には真っ黒い痣が残り、唇は裂けたザクロの様に割れています。
 以下、本文です。

 「金が欲しかったんだろうといって、竹刀で打ったんです、それから、兄貴が捕虜なら、貴様は赤だろうって、また打ったんです」といった。
 私にはかえす言葉はなかった。ただ
「傷なんかすぐ直るよ」といったに過ぎなかった。そして蒲団をしいてやり
「今夜はゆっくり寝るんだな」と、中学生をそっと抱いて蒲団に横たわらせてから、私は部屋に帰って来た。
 中学生が、青山墓地のえんじゅの木で縊死していたのは、それから二日たったあとの雨の夜のことであった。


 ……最後に一つだけ付け加えておきますね。
 これだけ「重い」話が書かれていながらも、その描写がやさしく丁寧なため、さほど読んでいて辛くありませんでした。
 それに、さすがに話がどんどん暗くなっていく後半には見られませんが、前半部、時に、ふっと爽やかな、叙情溢れる描写があったりして、息がつけます。

 去年でしたか、小林多喜二の『蟹工船』がちょっとしたブームになりましたが、この小説、『蟹工船』より遙かに「暗い」ですよー。
 誰か、この小説の再販売の仕掛け人になりませんかね。
 この不安な時代に、ズバリ! 売れると思います。(だめですかね?)


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Last updated  2010.03.09 06:51:59
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七詩@ Re:父親という苦悩(06/04) 親子二代の小説家父子というのは思いつき…
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